書評コーナー

第74回 2022.06.13

金鈴塚古墳と古墳時代社会の終焉
発行元: 六一書房 2022/03 刊行

評者:菊地芳朗 (福島大学行政政策学類教授)

金鈴塚古墳と古墳時代社会の終焉

著書:上野祥史 編

発行元: 六一書房

出版日:2022/03

価格:¥4,400(税込)

目次

第1部 金鈴塚古墳の概要
 金鈴塚古墳の墳丘・埋葬施設 稲葉昭智
 1古墳の位置
 2古墳群内の前方後円墳
 3金鈴塚古墳周辺の石室および石棺等について
 4金鈴塚古墳の石室・石棺について
 5石材について
 金鈴塚古墳の遺物 上野祥史
 1装身具
 2銅鏡
 3装飾大刀
 4その他の武器
 5甲冑
 6馬具
 7工具類及び鉄釘・鉄鎹
 8銅鋺
 9須恵器
 10土師器
第2部 「装い」とその機能・意義
 古代の鈴と鈴飾りの歴史的意義 田中裕
 1列島における鈴(すず)の特徴と多量出土
 2金鈴塚古墳から出土した大量の鈴飾り
 3鈴の造り方(鍛造の鈴の場合)
 4鈴の系譜と変遷
 5鈴の分布と鈴飾り
 6金鈴のもつ唯一の存在感
 7鈴飾りを纏った東国人
 金銀装大刀からみた金鈴塚古墳の被葬者像 大谷晃二
 1金銀装大刀の工房を復元する視点 技術の比較
 2金鈴塚古墳の大刀は倭製品か舶載品か?
 3金銀装大刀の工房の展開
 4大刀から見た金鈴塚古墳被葬者の性格
 武器の副葬と軍事編制 内山敏行
 1古墳に副葬された武器の持つ意味
 2Gateway機能と外生的な軍事編制
 3鉄鏃の供給
 4装飾大刀の多量副葬
 5甲冑と追葬者,首長層の多人数埋葬
 6軍事編制の視点から金鈴塚古墳の武器副葬を説明する
 金鈴塚古墳出土馬具群の構成とそれらが意味するもの 宮代栄一
 1馬具と馬装
 2金鈴塚古墳出土馬具の組み合わせとその根拠
 3金鈴塚古墳の4組の馬装
 4金鈴塚古墳の馬具からわかること
 5馬具の複数組埋葬が意味するもの
 6出土位置が意味するもの
 7馬装の階層とは
 金糸と繊維製品 金鈴塚古墳出土品からみた当時の染色技法・用途 沢田むつ代
 1金糸
 2円形座金具付金銅鈴付着の経錦
 3織物小片付着の縁飾り
 4麻布の使用例
第3部 儀礼具としての容器
 土器からみた儀礼様式と金鈴塚古墳 藤野一之
 1古墳時代の土器と機能
 2横穴式石室出土土器の解釈
 3横穴式石室内出土土器の参考事例
 4金鈴塚古墳出土土器の特徴
 5土器からみた金鈴塚古墳の葬送儀礼
 金鈴塚古墳出土銅鋺と「伝金鈴塚出土銅鋺」の検討 舶載銅鋺から国産銅鋺へ 桃?祐輔
 1金鈴塚古墳出土銅鋺
 2「伝金鈴塚出土」銅鋺
 3金鈴塚出土銅鋺群の型式学的位置づけ
 4金鈴塚銅鋺・伝金鈴塚銅鋺の系譜
第4部 金鈴塚古墳を相対化する視点
 金鈴塚古墳と古墳時代後期の社会 上野祥史
 1金鈴塚古墳の築造と埋葬
 2金鈴塚古墳の被葬者と埋葬プロセスの進行
 3金鈴塚古墳の被葬者相互の関係
 4鏡の分与と入手―地域社会での被葬者の位相―
 5さいごの前方後円墳に埋葬が継続した意義
 房総の後期前方後円墳からみた首長権と金鈴塚古墳 田中裕
 1後期における前方後円墳数の増加
 2房総における後期の前方後円墳
 3東国における後期の前方後円墳と交流関係
 まとめ 東国の古墳時代後期の独自性と相互扶助
 古代国家形成期の王権と東国 仁藤敦史
 1東国論の視角
 2東国の国造
 3ヤマト王権と東国
 4馬来田国造の位置づけ

 本書は、千葉県木更津市金鈴塚古墳を後期古墳時代研究のなかで新たにとらえようとする意図のもと企画された書であり、国立歴史民俗博物館(以下「歴博」)と木更津市教育委員会(以下「市」)の10年以上におよぶ共同研究事業の最終成果としてまとめられた。

 金鈴塚古墳は、その名の由来となった金鈴をはじめとする装身具、日本列島最多の出土数を誇る装飾付大刀、武器・武具、馬具など、多種多数の優れた副葬品が出土し、この時代に詳しい人であれば知らないものはない。しかし、発掘調査がおこなわれたのが戦後間もない1950年で、翌年に刊行された報告書(県教委版。早大版は1952年)に遺構遺物の膨大な情報が十分盛り込まれなかったことにより、その全貌が広く知られないままとなっていた。調査後、1956年に地元に金鈴塚遺物保存館が設置され、1959年には石棺と出土遺物が重要文化財に指定されるという特筆される出来事があり、その後も多くの展覧会や関連図書等で古墳と遺物が取り上げられ、市による墳丘発掘調査や資料紹介がおこなわれたものの、やはり断片的な情報の提示にとどまるものだった。

 事態を大きく動かしたのが、2010年にはじまった上記共同研究事業(以下「再調査」)であり、その成果の集大成が、市による『金鈴塚古墳出土品再整理報告書』(2020年;以下「再整理報告書」)、そして歴博による本書である。この間には、メンバーによる再調査の成果をすみやかに共有化するための研究誌『金鈴塚古墳研究』が第7号まで刊行され(2012〜2018)、再整理報告書への期待をいやがうえにも高めることになった。

 再整理報告書によると、本事業は歴博と市のメンバーのほかに19名の研究者が共同研究協力者となり、他にも多くの研究者・機関・学生・業者の参画のもとで推進されたことがわかる。財政状況が必ずしも満足でないなか、多くの研究者を束ね10年以上の長期にわたる事業の実施には並大抵でない辛苦があったものと推察される。再調査を成し遂げられた歴博・市・共同研究協力者の方々の熱意と努力に、深く敬意を表したい。

 さて、本書は、論文集のかたちを取り、再調査メンバー10名による4部12論考からなる。「あとがき」によると、「(評者註;再調査の成果を)より手に取りやすい形で、金鈴塚古墳の概要が理解できる普及書を目指し」たものであり、3分冊構成の大書である再整理報告書のエッセンスをまとめたものということができる。ただし、本書では、再整理報告書の考察編(以下「考察編」)で十分触れられていない被葬者像を追究する論考や、房総や東日本の後期古墳時代社会のありようを究明しようとする論考が目立ち、考察編では書き尽くせなかった諸問題に迫ろうとする姿勢を強くにじませるものとなっている。いっぽうで、ガラス小玉や鏡など、考察編で論じられながら本書では独立した論考となっていないものもある。その意味で、再整理報告書と本書は相互を補完するものといえ、両者をあわせて読むことで、「金鈴塚古墳とその時代」を深く理解することが可能となる。

 本書に掲載された論考のほとんどは考古学的検討によるものであるが、技術工芸および古代史学の論考がくわわり、ふくらみと幅をもったものとなっている。いっぽうで、「あとがき」でも触れられているとおり、出土遺物の理化学的調査研究の成果が、ごく一部をのぞき再整理報告書および本書では紹介されていない。何らかの事情があったものと推察されるが、ここで指摘するまでもなく、理化学分析および情報技術はこんにちの考古学における不可欠の協業分野となっており、それらが本書に反映されなかったのは、やはり非常に残念であったといわねばならない。

 第1部「金鈴塚古墳の概要」では、古墳の形と規模、石室、石棺、石材(稲葉昭智)、および玄室出土遺物(上野祥史)が紹介される。まさに金鈴塚古墳の全貌をしめす部分であり、本書の導入部分にふさわしい内容となっている。

 第2部「「装い」とその機能・意義」では、金鈴塚古墳から出土した鈴(田中裕)、金銀装大刀(大谷晃二)、武器武具(内山敏行)、馬具(宮代栄一)、金糸と繊維製品(沢田むつ代)を題材として、それぞれの遺物の詳細や被葬者像、そして房総や東日本における金鈴塚古墳の意義等が論じられる。取り上げられたのはまさにこの古墳を最も特徴づける遺物群であり、金鈴塚古墳がいかなる古墳であったかを最先端の遺物研究をつうじ知ることができ、非常に読みごたえのある部分だった。

 第3部「儀礼具としての容器」では、須恵器・土師器(藤野一之)と銅鋺(桃?祐輔)が取り上げられる。土器は金鈴塚古墳から最も多く出土した遺物でありながら、これまで編年的位置以外に論じられることが少なく、それらの出土状況や葬送儀礼が検討されたことの意義は小さくない。銅鋺論考は考察編を再編集した内容である。

 第4部「金鈴塚古墳を相対化する視点」では、埋葬プロセスと地位継承(上野祥史)、房総を中心に分布する前方後円墳の諸要素(田中裕)、ヤマト王権の東国政策(仁藤敦史)の視点から、金鈴塚古墳の意義が論じられる。これまでの金鈴塚古墳にかんする研究は、膨大な遺物や全体像の不透明さが逆にあだとなり、装飾付大刀や馬具等が個別に取り上げられる傾向が強かったが、再調査をつうじえられた遺構遺物の総体をもとにした、金鈴塚古墳の位置や意義にかんする新たな視点や指摘に新鮮な知的感動を与えられた。

 以上のように、本書は再調査なしには決して出ることのなかったであろう書であり、再調査の意義の大きさを改めて強く実感する。2000年代以降、大阪府紫金山古墳、同七観古墳、奈良県五条猫塚古墳、熊本県マロ塚古墳など、古くに調査・出土した重要古墳と遺物の再報告がなされ、学界に大いに裨益していることはよく知られている。本書と再整理報告書がそれにくわわり、東日本の重要後期古墳の全貌を誰もが知り・活用できる時代が到来したことを大いに喜びたい。

金鈴塚古墳と古墳時代社会の終焉

著書:上野祥史 編

発行元: 六一書房

出版日:2022/03

価格:¥4,400(税込)

目次

第1部 金鈴塚古墳の概要
 金鈴塚古墳の墳丘・埋葬施設 稲葉昭智
 1古墳の位置
 2古墳群内の前方後円墳
 3金鈴塚古墳周辺の石室および石棺等について
 4金鈴塚古墳の石室・石棺について
 5石材について
 金鈴塚古墳の遺物 上野祥史
 1装身具
 2銅鏡
 3装飾大刀
 4その他の武器
 5甲冑
 6馬具
 7工具類及び鉄釘・鉄鎹
 8銅鋺
 9須恵器
 10土師器
第2部 「装い」とその機能・意義
 古代の鈴と鈴飾りの歴史的意義 田中裕
 1列島における鈴(すず)の特徴と多量出土
 2金鈴塚古墳から出土した大量の鈴飾り
 3鈴の造り方(鍛造の鈴の場合)
 4鈴の系譜と変遷
 5鈴の分布と鈴飾り
 6金鈴のもつ唯一の存在感
 7鈴飾りを纏った東国人
 金銀装大刀からみた金鈴塚古墳の被葬者像 大谷晃二
 1金銀装大刀の工房を復元する視点 技術の比較
 2金鈴塚古墳の大刀は倭製品か舶載品か?
 3金銀装大刀の工房の展開
 4大刀から見た金鈴塚古墳被葬者の性格
 武器の副葬と軍事編制 内山敏行
 1古墳に副葬された武器の持つ意味
 2Gateway機能と外生的な軍事編制
 3鉄鏃の供給
 4装飾大刀の多量副葬
 5甲冑と追葬者,首長層の多人数埋葬
 6軍事編制の視点から金鈴塚古墳の武器副葬を説明する
 金鈴塚古墳出土馬具群の構成とそれらが意味するもの 宮代栄一
 1馬具と馬装
 2金鈴塚古墳出土馬具の組み合わせとその根拠
 3金鈴塚古墳の4組の馬装
 4金鈴塚古墳の馬具からわかること
 5馬具の複数組埋葬が意味するもの
 6出土位置が意味するもの
 7馬装の階層とは
 金糸と繊維製品 金鈴塚古墳出土品からみた当時の染色技法・用途 沢田むつ代
 1金糸
 2円形座金具付金銅鈴付着の経錦
 3織物小片付着の縁飾り
 4麻布の使用例
第3部 儀礼具としての容器
 土器からみた儀礼様式と金鈴塚古墳 藤野一之
 1古墳時代の土器と機能
 2横穴式石室出土土器の解釈
 3横穴式石室内出土土器の参考事例
 4金鈴塚古墳出土土器の特徴
 5土器からみた金鈴塚古墳の葬送儀礼
 金鈴塚古墳出土銅鋺と「伝金鈴塚出土銅鋺」の検討 舶載銅鋺から国産銅鋺へ 桃?祐輔
 1金鈴塚古墳出土銅鋺
 2「伝金鈴塚出土」銅鋺
 3金鈴塚出土銅鋺群の型式学的位置づけ
 4金鈴塚銅鋺・伝金鈴塚銅鋺の系譜
第4部 金鈴塚古墳を相対化する視点
 金鈴塚古墳と古墳時代後期の社会 上野祥史
 1金鈴塚古墳の築造と埋葬
 2金鈴塚古墳の被葬者と埋葬プロセスの進行
 3金鈴塚古墳の被葬者相互の関係
 4鏡の分与と入手―地域社会での被葬者の位相―
 5さいごの前方後円墳に埋葬が継続した意義
 房総の後期前方後円墳からみた首長権と金鈴塚古墳 田中裕
 1後期における前方後円墳数の増加
 2房総における後期の前方後円墳
 3東国における後期の前方後円墳と交流関係
 まとめ 東国の古墳時代後期の独自性と相互扶助
 古代国家形成期の王権と東国 仁藤敦史
 1東国論の視角
 2東国の国造
 3ヤマト王権と東国
 4馬来田国造の位置づけ

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