書評コーナー

第7回 2013.09.19

ものが語る歴史29 中世鎌倉の都市構造と竪穴建物
発行元: 同成社 2013/08 刊行

評者:鋤柄 俊夫 (同志社大学 文化情報学部 教授)

ものが語る歴史29 中世鎌倉の都市構造と竪穴建物

著書:鈴木弘太 著

発行元: 同成社

出版日:2013/08

価格:¥4,290(税込)

目次

序 章 列島の竪穴建物研究と本書の課題
 中世鎌倉の歴史研究と本書の目的
 竪穴建物の定義と本書の検討範囲
 列島の竪穴建物と本書の課題
第1部 鎌倉の竪穴建物の基礎研究
第1章 鎌倉の竪穴建物について構造的分類と特徴
 これまでの分類研究
 構造的分類
 鎌倉の竪穴建物の分類比率
 竪穴式土台建物
 木組構造と掘立柱構造の竪穴建物
第2章 竪穴建物の分布と年代
 竪穴建物の分布
 年代推定の方法論と検討資料
 竪穴建物の消長
 近年発見された竪穴建物
 竪穴建物の空間的展開
第3章 石材利用と竪穴建物
 鎌倉で使用される石材
 鎌倉石を利用する竪穴建物
 鎌倉石を利用する構造物
 石材利用と資本投下
第4章 竪穴建物は倉庫か
 住居説と倉庫説
 小町一丁目333番2地点の成果
 小町一丁目325番イ外地点の成果
 小町大路に面する「倉町」
 物流ターミナルとしての竪穴建物
第2部 中世鎌倉の都市空間と竪穴建物
第1章 鎌倉の初期地形と都市領域
 都市計画論と都市構造論と地形復原論
 鎌倉時代初期の地形を復原する
 鎌倉初期遺物の出土分布
 地形と空間認識
 鎌倉時代中後期における都市の広がり
 拡大する都市の領域
第2章 浜の倉
 浜の呼称
 鎌倉時代中期の浜地
 鎌倉時代後期の浜地
 変容する鎌倉の浜地
第3章 町の倉
 倉町の屋地
 今小路西遺跡で発見された武家屋敷
 鎌倉の宿所
 被官の屋敷
 倉町と武家屋敷地の共通性
第4章 倉の所有と管理の実態
 問題の所在
 倉町の支配者
 浜地の倉の管理と所有
 武家屋敷の倉
 代官の倉
 倉の所有と管理の実態
第3部 竪穴建物研究の課題と展望
第1章 鎌倉の竪穴建物の系譜
 問題の所在 
 鎌倉に持ち込まれた掘立柱構造の竪穴建物
 木組構造はどこから持ち込まれたか
 東アジア的視点と竪穴建物研究
第2章 倉に納められたもの
 大陸から運ばれる唐物
 国産陶器
 全国から集積する年貢
 竪穴建物と都市の集積物
終 章 まとめと展望

中世竪穴建物遺構の用途、源流を追究する意欲作!

 中世都市と中世社会の研究が、石井進・網野善彦・大三輪龍彦氏らを初期の代表として、1993年から進められてきている。そのきっかけは、前年に行われた鎌倉での中世都市の研究会だった。そこでは鎌倉の遺跡と文献をもとに、遺物の年代・都市の空間構造・職人と商人・武家屋敷・寺院・町屋などの諸問題が議論された。鎌倉には中世都市を研究するために必要な要素の全てがあり、鎌倉を議論することは、まさに中世都市を議論することであった。その後の中世都市研究会の活動は、この発展の形であり、その意味で当該研究にとって鎌倉の重要性が今も変わらないことは、多くの研究者が認めるところである。
 本書は、そんな中世都市研究そのものであると言える鎌倉について、鎌倉で見つかる遺構の中でもきわめて特徴的な施設であり、その実態について現在もなお議論の続いている竪穴建物に注目し、その再検討から中世都市鎌倉の再現を目指したものである。
 そのために氏がおこなった最初の考察が第1部「鎌倉の竪穴建物の基礎研究」である。氏は竪穴建物の要素を点検して、部材と構造から分類を行ない、それを鎌倉以外の地でみられる竪穴建物と比較することで、掘立柱構造で内部空間を保つ鎌倉以外の竪穴建物と、木組構造による鎌倉の竪穴建物との構造の違いを明らかにする。またその年代についても、遺物と遺構の切り合い関係を整理することで、13世紀第2四半期に出現して15世紀以降にはみられなくなること、さらにその分布についても、最初は鎌倉中心部にみられ、13世紀後葉頃から海岸部に広がるといった変遷についても明らかにした。
 このように多くの新知見を提示している第1部であるが、その中で最も大きな意味を持っているのが竪穴建物の用途についてであろう。氏は竪穴建物に膨大な量の鎌倉石が使われていることで、その構築に莫大な資本の投下がなされていた可能性をふまえ、とくに未使用で一括に出土した龍泉窯系青磁碗の発見から、竪穴建物の中心的な用途と役割は、物資流通のターミナルとして商品が運び込まれた倉庫であったとした。長く求められてきた竪穴建物の評価は、ここで一旦まとまったことになる。しかし氏の問題関心は、ここから中世都市鎌倉の実態に向けて拡がる。それが第2部の「中世鎌倉の都市空間と竪穴建物」である。
 このような竪穴建物の分析結果は、鎌倉の都市構造と都市研究にとってどのような意味をなすのであろうか。そこで氏は、まず旧地形の復原に基づいた鎌倉初期の地理情報と遺跡や遺物の情報を重ね合わせることによって、源頼朝の空間認識を明らかにし、分析対象の舞台を整理する。これまでの鎌倉は、北条氏によって整備された姿のイメージが強かった。しかし図54にはそれと大きく異なる頼朝の鎌倉が示されている。頼朝は滑川の堆積によって形成された微高地上を都市の範囲と考え、そこに若宮大路を設定したと言う。少々乱暴だが、個人的には「滑川」と「湊川」、「若宮大路」と「有馬街道」、「鶴岡八幡宮」と「祇園神社」そして頼朝の「大倉幕府」と清盛の「福原」の対比が頭をよぎった。以前にも書いたが、頼朝時代の鎌倉再現は中世都市研究全体にとって、きわめて重要な課題である。この図をめぐって、多くの活発な議論が生まれることだろう。
 このようにして頼朝以来の鎌倉の空間を再現・整理していった氏は、その舞台の上にあらためて、さきに分析した竪穴建物を載せてゆく。その結果見えてきたのが、「浜の倉」として、また「町の倉」として新たな意味を与えられた竪穴建物の姿である。このうち「浜の倉」については、鎌倉時代後期以降において明確な区画施設をもたない屋地毎に多くの竪穴建物がつくられ拡がっていったと言う。これに対して「町の倉」は、特定の屋地に連綿と竪穴建物が作り続けられるような区画があり、それはあたかも「倉町」とも言える状況だったのではないかと指摘する。さらに氏はそれを検討するために、倉町の支配者についても幕府あるいは北条氏を想定し、これに対する意味で「浜の倉」の支配者を想定した。鎌倉の社会を再現する上で、きわめて意欲的な見解と言えよう。
 しかるに鎌倉における竪穴建物が、中世の鎌倉を理解する上で非常に重要な存在であったことを一層明確に示したのは、次の第3部の「竪穴建物研究の課題と展望」に記された「鎌倉の国際性」ではないだろうか。氏は竪穴建物の構造が、最初は鎌倉以外で通有な掘立柱建物構造で、それが後に若宮大路側溝の構造と同じ木組構造に変わっていくことと、その類例が日本列島に見られないことで、源流を百済時代の朝鮮半島に探る。また、倉に納められた荷にも関心を向け唐物にも注目する。中世都市研究においては、これまでも貿易陶磁器や博多などにおいて東アジア的な視野での検討が行われきているが、今後は汎日本的に、そして技術などの多様な分野においても、東アジアの文化が中世都市の展開に大きな影響を与えた可能性が注意されることになる。現在の京急六浦駅北東にみえる三艘(さんぞう)の地名には、来航した唐船三艘に関わる伝承がある。言うまでもないことかもしれないが、鎌倉は国際貿易都市だったのである。
 本書の刊行された2013年9月、久しぶりに鎌倉で中世都市研究会がひらかれた。その中で日本列島の中国文化受容において、鎌倉が京都以上に先導的な役割を果たした可能性についての指摘があった。筆者も以前に石鍋について同じ趣旨のことを書いたが、京都で見つかっている竪穴建物状の地下蔵についても、その場所は多くが四条以南であり、そこは東山とあわせてー遍が訪れた地域であり、武家の居住地域であった。別の言い方をすれば、京都の中でも「鎌倉色」の強い地域だったと言える。
 京都の鎌倉時代もまた、多くの課題を抱えたまま現在に至っているが、竪穴建物と鎌倉を起点として中世都市研究の東アジア的視野への展開を目指す本書により、鎌倉における研究と日本列島の鎌倉時代研究が、新しい段階に向かうこと期待したい。

ものが語る歴史29 中世鎌倉の都市構造と竪穴建物

著書:鈴木弘太 著

発行元: 同成社

出版日:2013/08

価格:¥4,290(税込)

目次

序 章 列島の竪穴建物研究と本書の課題
 中世鎌倉の歴史研究と本書の目的
 竪穴建物の定義と本書の検討範囲
 列島の竪穴建物と本書の課題
第1部 鎌倉の竪穴建物の基礎研究
第1章 鎌倉の竪穴建物について構造的分類と特徴
 これまでの分類研究
 構造的分類
 鎌倉の竪穴建物の分類比率
 竪穴式土台建物
 木組構造と掘立柱構造の竪穴建物
第2章 竪穴建物の分布と年代
 竪穴建物の分布
 年代推定の方法論と検討資料
 竪穴建物の消長
 近年発見された竪穴建物
 竪穴建物の空間的展開
第3章 石材利用と竪穴建物
 鎌倉で使用される石材
 鎌倉石を利用する竪穴建物
 鎌倉石を利用する構造物
 石材利用と資本投下
第4章 竪穴建物は倉庫か
 住居説と倉庫説
 小町一丁目333番2地点の成果
 小町一丁目325番イ外地点の成果
 小町大路に面する「倉町」
 物流ターミナルとしての竪穴建物
第2部 中世鎌倉の都市空間と竪穴建物
第1章 鎌倉の初期地形と都市領域
 都市計画論と都市構造論と地形復原論
 鎌倉時代初期の地形を復原する
 鎌倉初期遺物の出土分布
 地形と空間認識
 鎌倉時代中後期における都市の広がり
 拡大する都市の領域
第2章 浜の倉
 浜の呼称
 鎌倉時代中期の浜地
 鎌倉時代後期の浜地
 変容する鎌倉の浜地
第3章 町の倉
 倉町の屋地
 今小路西遺跡で発見された武家屋敷
 鎌倉の宿所
 被官の屋敷
 倉町と武家屋敷地の共通性
第4章 倉の所有と管理の実態
 問題の所在
 倉町の支配者
 浜地の倉の管理と所有
 武家屋敷の倉
 代官の倉
 倉の所有と管理の実態
第3部 竪穴建物研究の課題と展望
第1章 鎌倉の竪穴建物の系譜
 問題の所在 
 鎌倉に持ち込まれた掘立柱構造の竪穴建物
 木組構造はどこから持ち込まれたか
 東アジア的視点と竪穴建物研究
第2章 倉に納められたもの
 大陸から運ばれる唐物
 国産陶器
 全国から集積する年貢
 竪穴建物と都市の集積物
終 章 まとめと展望