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第38回 (2017,10,30)
眤蕊霍 編 『周縁領域からみた秦漢帝国』

評者: 片野竜太郎 (東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所共同研究員)

書名 周縁領域からみた秦漢帝国
著者 眤蕊霍 編
発行元 六一書房
出版日 2017/09
価格 4,320

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前 言
第1 部 秦の周縁領域
 渡邉 英幸 「戦国秦の国境を越えた人びと ─岳麓秦簡『為獄等状』の「邦亡」と「帰義」を中心に─」
 目黒 杏子 「秦代県下の「廟」─里耶秦簡と岳麓書院蔵秦簡「秦律令」にみえる諸廟の考察─」
第2 部 漢代西北部周縁領域の考察
 廣瀬 薫雄 「漢代酒泉郡表是県城遺跡を探して ─草溝井城調査記─」
 青木 俊介 「漢代肩水地区A32 所在機関とその業務関係 ─肩水金関と肩水東部を中心に─」
 髙村 武幸 「前漢後半期以降の河西地域に対する物資供給 ─漢代辺郡の存在意義を考える手がかりとして─」
第3 部 周縁の地域社会とその構成員
 鈴木 直美 「漢代フロンティア形成者のプロフィール ─居延漢簡・肩水金関漢簡にみる卒の年齢に着目して─」
 飯田 祥子 「公孫述政権の興亡 ─両漢交替期地域政権の一事例─」
 鷲尾 祐子 「終の棲家 ─女性の帰属に関する試論─」
後 記

 本書は編者・著者である髙村武幸氏を代表とする研究プロジェクトにより実施された海外遺跡の実見に参加したメンバーによる論文集である。本書の目指したところは「前言」に詳しいが、「秦・漢帝国の周縁領域の存在と変遷が帝国に与えた影響と、秦・漢帝国に組み込まれたことによる周縁領域自体の変容を総合的に解明すること」を目的としている。さらに本書が達成した成果から言えば、新出の簡牘史料の分析を通じて秦・漢帝国の歴史像を見直し、この時代の叙述の新たな枠組みを提示することも視野に入れた意欲的な論文集となっている。執筆メンバーは、『文献と遺物の境界―中国出土簡牘史料の生態的研究―』(六一書房、2011年)を発表した研究会が中心であるため、簡牘史料の分類・出土位置、出土遺構に対する配慮が高いことが特徴でもある。各論文の内容は「前言」に簡潔な紹介があるが、改めて評者の理解をふまえ各編の執筆者ごとに内容を紹介していきたい。
 渡邉英幸「戦国秦の国境を越えた人びと─岳麓秦簡『為獄等状』の「邦亡」と「帰義」を中心に─」は、岳麓秦簡「為獄等状」の分析を中心に、史料にあらわれる「邦」概念、「降」、「帰義」といった表記を再検討し、他国から秦に帰属した人々がどう扱われたのかを明らかにする。これまで議論の分かれていた「亡邦」の解釈を明確に定義したこと、「降」の表記のみで帰属後の地位身分が決定するわけではなく、官吏側の判断によることなどは重要な成果である。また漢以後は異民族の服属などを意味する「帰義」は、戦国秦では亡命に近い行為で一般の郡県民と区別する一定期間の留置観察であり、漢以後は異民族に限定され、文化伝統の違いから郡県民に編入することが困難なため、一般の民と差異化する記号になったとし、戸籍の登録と郷里社会への編成の間には大きな距離があったと結論する。簡牘史料の分析から〈周縁〉での人々の動きが具体的に復元されており、氏ならではの慧眼であると言えよう。
 目黒杏子「秦代県下の「廟」─里耶秦簡と岳麓書院蔵秦簡「秦律令」にみえる諸廟の考察─」は、統治体制形成期の支配の在り方を里耶秦簡・岳麓秦簡にみえる地方末端の祭祀に関する資料から分析している。まず里耶秦簡の分析から、県の管轄により「行廟」―令史の職務として廟の巡視が定期的に行われていたことを指摘する。岳麓秦簡からは、県・道の官吏が廟の管轄に関わり、「行廟」が全国一律の規定で律令に定められていたこと、内外の県・道に泰上皇廟が設置されていた可能性を指摘する。「県道廟」や中央所轄の祠所などの「公祠」の維持管理に、官吏が職務として携わり、郡県制下に組み込まれた周辺部の吏民に、支配者の存在感を示す手段であったと結論する。またこれらの吏民への心理的影響を検討しており、一般民衆の視点も分析している点は重要である。
 廣瀬薫雄「漢代酒泉郡表是県城遺跡を探して─草溝井城調査記─」は、現地研究者によって漢代表是県城の遺跡とされてきた草溝井城を例に、文献史料、研究手法、先行研究、自身の現地観察からその見解を徹底的に批判・検証する。この批判・検証をとおして、草溝井城は漢代の遺跡ではなく、地震による移動前の旧表是県城は高台県黒泉郷定安村一帯、新表是県城は駱駝城と結論する。甘粛省の河西回廊一帯は現在もまだ未調査・未発表・未発見の遺跡がある可能性があり、安易に現在確認できる遺跡を漢代の官署を比定することに注意を喚起する。
 青木俊介「漢代肩水地区A32 所在機関とその業務関係─肩水金関と肩水東部を中心に─」、最近ようやく全貌が公開された肩水金関漢簡の分析から、A32にはどのような機関が設置されていたかを論じる。まず封検や関連する文書簡の集成・分析からA32には肩水金関のほかに東部候長の治所があり、肩水東部に所属する騂北亭も所在する複合的な施設であり、業務の面でも分担・協力体制があったことを明らかにした。また肩水都尉府の部・燧の統属関連も復元した労作である。また随所に部の命名法則は居延都尉府と異なるといった見逃せない指摘があり、重要な成果といえよう。
 髙村武幸「前漢後半期以降の河西地域に対する物資供給─漢代辺郡の存在意義を考える手がかりとして─」は、河西地域への物資補給の状況の検討から漢代「辺郡」の存在意義を論じる。まず辺郡で生産できない銅銭・銅鍭は内郡から供給されたが、コスト面からも穀物輸送は困難であり、それを明示する史料もないことを指摘する。さらに前漢末の段階で河西の食糧生産は相当あり、必要な食糧は現地で生産できたとする。従来の内郡からの供給に頼っていたとする先行研究のイメージを再検討した点は重要である。本論と現地での遺跡の実見を通じて、河西地域はオアシスでの農耕は現在も広く確認でき、沙漠が広がる簡牘が出土した地域のイメージのみから河西地域の食糧供給体制を論じる危険性に注意を喚起する。
 鈴木直美「漢代フロンティア形成者のプロフィール─居延漢簡・肩水金関漢簡にみる卒の年齢に着目して─」は、辺境の防衛・開発に徴発されたひとびとの年齢層に着目し、それらの背景を検討する。年齢が判明する簡牘史料を網羅的に集成し、卒の徴発には、戍卒は30代前半までの壮年が相対的に多く、爵位による振り分けがあり、無爵・低位が田卒に、やや高い爵位が戍卒とされる傾向があることを明らかにした。また社会・家族の主要な働き手である彼らの徴発を可能にした背景の一因に、官給品をもとに商売を行い、現金収入が背景にあることを指摘した点は重要であり、これらの分析から爵制論の再検討まで視野に入れた意欲的な論考である。
 飯田祥子氏「公孫述政権の興亡─両漢交替期地域政権の一事例─」、両漢交替期、巴蜀地域に存在した公孫述政権を地域性に焦点をあてて再検討している。版図拡大の過程を整理し、直接支配域では交通路を掌握して軍事拠点を設置したのに対し、間接的影響地では在地勢力を取り込んでいたとする。また各地の集団の自立性が高く、版図内でも安定性に差異があることを指摘する。これによって郡県制的掌握のみに注目する従来の研究を見直し、巴蜀地域に中央や河西地域とはことなる勢力形成のあり方が見られることを指摘する。
 鷲尾祐子「終の棲家─女性の帰属に関する試論─」は、走馬楼呉簡「吏民簿」の分析から、三国期長沙の女性が婚家と実家のどちらで生活していたかを検討している。夫のいる女性は、若い頃は婚家・実家の双方にいるが、老齢になると子ないし婚家に依存していたことを明らかにし、母子の結合の強さを指摘する。また配偶者のない女性は50、60代を境に変化する傾向があるとする。この背景に、巴蜀は交通の要衝で人の流入が多こと、また地方官の教化もあることなどから、辺境でも中原エリートと通底するものの存在があり、この地域の習俗にも変化があったとする。
 本論文集は、中国の古代史の研究者だけでなく、簡牘史料に関心のある院生・学部生にも一読をお薦めしたい。本書の各論文において、近年公開された簡牘史料などの丁寧な解釈をしたうえで展開される議論は説得的である。特に戦国秦から三国呉の時代を扱い、従来の研究を再検討したものが多く、今後の展開にも大いに注目される。また各論文は人やモノの移動、地方官署、末端行政における儀礼の管理など視点は様々であるが、いずれも本論集が目指す〈周縁〉の実態を解明しており、「後記」で述べられているとおり、〈中心〉と相互に補完し合う関係であったことを共通して指摘していることは、今後も継承されるべき重要な視点であろう。

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