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第41回 (2018,01,23)
小口 雅史 編 『古代国家と北方世界』

評者: 浜田久美子 (国立国会図書館司書)

書名 古代国家と北方世界
著者 小口 雅史 編
発行元 同成社
出版日 2017/10
価格 8,100

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序―解題にかえて―  小口雅史
I 北海道からさらにその北へ
 天野哲也 オホーツク文化における鍛冶の精神的な意味           
 中澤寛将 北東アジアの葬墓制―円形周溝を伴う墓葬を中心として―   
 小嶋芳孝 コクシャロフカ8遺跡祭殿説の再検討―渤海の墓上建物から考える―
 蓑島栄紀 七世紀の倭・日本における「粛慎」認識とその背景        
 中村和之 流鬼国をめぐる試論                          
 米家志乃布  長澤盛至作製『東蝦夷地海岸図台帳』にみる地域情報の収集と表象
II 北緯四〇度以北の世界の実相
 小野裕子 続縄文文化後半期の東北地方と北海道の関係について―土器群の時間的関係から―   
 木村淳一 青森平野における古代集落の様相                 
 齋藤 淳 古代北奥における集落・竪穴建物の動態について        
 関根達人 三重の壕をもつ北奥の古代集落―青森県外ヶ浜町山本遺跡―
 伊藤博幸 古代閇村に関する二、三の問題                   
 八木光則 蝦夷とアイヌ語系地名                         
 武井紀子 北奥地域における出土文字資料と蝦夷―青森県域の文字資料を中心として―      
III 律令国家の辺要支配の実相
 永田 一  鎮守府将軍と出羽城介についての基礎的考察         
 三上喜孝 古代北方辺要国の統治システム―いわゆる「国司分担統治システム」についての覚書― 
 浜田久美子 渤海使の出羽来着について                    
 大塚紀弘 鎌倉時代の津軽安藤氏と蝦夷統治                 
あとがき

 本書は小口雅史氏の還暦を記念して企画された論集の一冊目である(全三冊の予定)。幅広い小口氏の研究テーマのうち、古代北方史を中心に17人の論考を収録する。
 最初に断っておくが、17人には評者も含まれる。評者は古代日本の対外関係を研究しており、律令国家が渤海との外交に北方世界を意識していたのかを考えたのが北方史との接点であった。したがって、小口氏とともに研究をリードしてきた他の16人の研究者の中で最も北方史に疎く、最先端の議論を書評できる立場にはない。おおよそ感想文めいた内容になることをお許し願いたい。また、各論文の内容は、序文で小口氏が的確に紹介しているので、そちらを参照されたい。
 本書はI「北海道からさらにその北へ」、II「北緯四〇度以北の世界の実相」、III「古代・中世国家の辺要支配」の三部から構成される。I部はサハリン、靺鞨、渤海という古代日本の外側―海を隔てた向こう―にある北方世界を扱う。このうち、(1)天野哲也論文、(2)中澤寛将論文、(3)小嶋芳孝論文は考古学からのアプローチである。(1)はオホーツク文化とアムール中流域靺鞨文化において、冶金炉に転用された土器片に共通するカスガイ形貼付文(羊角文)の精神的な意味に注目する。(2)は日本列島北部にみえる円形周溝墓が渤海北部のパクロフカ文化にも見られることを指摘する。列島北部の周溝墓は南の地域の影響を受け定着するというが、靺鞨や渤海の封土墓には周溝が見られない。では、パクロフカ文化の周溝はどこから伝播したのか、今後の研究が期待される。(3)もこのパクロフカ文化期のコクシャロフカ8遺跡について述べる。方形の石組遺構であるこの遺跡は、近年の報告書で祭殿説が採られてきたが、著者は渤海の墓上建物を継承する墳墓遺跡とみる。パクロフカ文化の基層に渤海文化があるというが、(2)の葬墓制では両者は異なっており、渤海・靺鞨・パクロフカ文化の複雑性・多様性の一端が明らかになる。(4)蓑島栄紀論文、(5)中村和之論文は、「粛慎」「流鬼」という史料上の北方集団を扱う。(4)は『晋書』に優れた王佐の臣(実力者)のもとへ粛慎朝貢の記事がみえることから、『日本書紀』でも新政権を正当化するため粛慎記事を用いたとする。(5)は『通典』や『唐会要』『新唐書』など中国史料にみえる「流鬼(国)」について、18世紀以前の中国でカムチャッカ半島の存在が知られていないことを理由にサハリン島と捉える。「流鬼」は日本では近藤重蔵のカムチャッカ説が最初とされ、古代・中世の史料にはみえない。『通典』北狄伝に流鬼が靺鞨と交易し、靺鞨を通じて貞観14年(640)に唐に朝貢したとあるが、『新唐書』では東夷伝に載せられており、実態がなく認識があいまいになったものと思われる。(4)の粛慎同様、中国正史への流鬼の登場を7世紀末の東アジアの動乱期のなかで考えることができないだろうか。今後検討してみたい。(6)米家志乃布論文は、安政2年(1855)盛岡藩士長澤盛至作製の『東蝦夷地海岸図台帳』を扱い、蝦夷地の風景画に「和人の土地」という意味が表象されるとする。なお、『東蝦夷地海岸図台帳』は函館市立中央図書館本ともりおか歴史文化館本が紹介されているが、所蔵する自治体に関連する内容が注目されても、史料の全体像が検討される機会が少ないと指摘する。図書館に勤務する評者もその点は同感で、郷土資料が郷土以外の特性からも注目され客観的に評価されていくことを願う。
 II部の「北緯四〇度以北の世界」は、律令国家の国郡制の及ばない地域、防御性集落の出現した地域として北方史のキーワードとなる語である。北緯40度線は、現在の秋田県男鹿市や大潟村、岩手県八幡平市や普代村を通る。それ以北とは青森県まで陸続きでありながら、支配領域の境界、周縁の地であった。古代北方史の中核となるこの「北奥」地域の研究として、本書には7つの論文を収録する。(7)小野裕子論文、(8)木村淳一論文、(9)齋藤淳論文、(10)関根達人論文は考古学の立場で考察する。(7)は「後北C2・D式」「北大式」「赤穴式」土器の変遷を追い、(8)は10世紀前葉(5期)に青森平野の集落の建物規模や建物構成の多様化が顕著になるとする。(9)は集落や建物数の増減の動向が太平洋側と日本海側で異なることを確認し、(10)では三重の環濠をもつ山本遺跡の防御性の高さを再確認する。(9)で北奥地方が等質な社会でないと示されるように、いずれの論文も当該地域の多様性、複雑な展開過程を論じている。また、史料の少ない北方史では、文献史学の側も考古学の成果を積極的に用いている。(11)伊藤博幸論文は、歴史考古学の方法を意図し、長根古墳群と房の沢古墳群の二拠点を掌握したのが『続日本紀』にみえる須賀君と考察する。(12)八木光則論文は、一文化=一言語ではなく、同一言語が複数の文化で用いられた可能性を検討し、川を意味する「ナイ」「ペッ」などのアイヌ語系地名の分布図を作成し、地名の形成過程や形成時期の多様性を示す。「夷語」「蝦夷訳語」の存在には、この地域が周縁であると再認識させられた。(13)武井紀子論文は、北海道や北奥から出土する「〓(実−宀)」字の広がりに仏教的要素を見出し、信仰の側面からの文字伝播に蝦夷社会の特徴を見出す。蝦夷社会の実像を解明するためにも出土文字史料の研究は今後も期待される。
 III部では王権側からみた辺要支配を論じた4つの論文を収録する。(14)永田一論文が論じる「鎮守府・秋田城体制」は、(15)三上喜孝論文の「国司分担統治システム」とあわせて考える必要がある。(14)では9世紀半ばの鎮守将軍の陸奥介兼官は疫病や災害での情勢悪化に対応するための軍事機能増強であるとするが、(15)のように分担統治と考えれば陸奥介が常置する点で行政機能の強化と捉えられる。軍事と行政は対立概念でなく、おそらく両者の機能を有していたとみるべきであるが、城柵の性格という本質につながる問題として(15)は重要な問題を提起している。(16)拙稿は渤海使迎接を根拠とする秋田城国府説を否定し、交易拠点として秋田城を展望する。東アジアにおける北方交易の実態に踏み込むことが今後の課題となる。秋田城については、小口雅史編の『北方世界と秋田城』(六一書房、2016.11)を参照されたい。(17)大塚紀弘論文は中世史の立場で、津軽安藤氏が地頭職として蝦夷交易による収益の一部を地頭職北条氏に貢納していたことを明らかにする。『諏方大明神画詞』では津軽安藤氏を安倍氏の後胤で「蝦夷の管領」とするが、この「蝦夷の管領」を蝦夷全体の統治でなく、交易蝦夷居留地の治安維持とみる。(14)(15)(17)論文に安倍氏の時代を加えれば、陸奥・出羽における支配機構の性格を論じた通史となり得るであろう。
 以上のように、本書は考古学・文献史学の諸論文をバランスよくI異国、II周縁、III王権という異なる視点で構成した点に特徴がある。寄稿論文をもとに編集された結果であることから、北方史研究がいかに進化しているかがわかるであろう。I部、II部で明らかにされた各地域の多様性は、今後も考古学の成果をもとに明らかにされるであろう。その多様な社会に対する支配の諸相に迫るのが今後の課題となろう。
 近年、北方史が広域的な交流史の側面とアイヌという民族史の側面とがあると整理され(蓑島栄紀「古代北海道地域論」『岩波講座日本歴史』20地域論)、体系化する作業も行われている。歴史学研究としての理論化・体系化を目指し、本書が北方史研究の発展のために活用されることを願う。

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