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第10回 (2013,12,05)
馬場匡浩 著 『エジプト先王朝時代の土器研究』

評者: 近藤 二郎 (早稲田大学文学学術院 教授)

書名 エジプト先王朝時代の土器研究
著者 馬場匡浩 著
発行元 六一書房
出版日 2013/11
価格 13,200

国家成立直前の社会における土器生産の実態に迫る意欲的な論考

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序章 研究の目的と方法
 第1節 研究の目的と課題
 第2節 研究の方法
 第3節 本論の構成
第1章 先王朝時代の環境と文化
 第1節 本論における年代と時期区分の定義
 第2節 環境
 第3節 文化
第2章 土器の基礎的理解および分類と編年の研究史
 第1節 粘土と胎土の基礎的理解
 第2節 エジプトの粘土
 第3節 土器分類の研究史
 第4節 土器編年の研究史
 第5節 土器の編年的枠組み
第3章 土器製作技術の先行研究と課題
 第1節 粘土採取
 第2節 素地づくり
 第3節 成形・調整
 第4節 焼成
第4章 ヒエラコンポリス遺跡の調査
 第1節 遺跡の立地と古環境
 第2節 調査略史
 第3節 熱利用遺構の詳細
 第4節 HK11C Square B4-5土器焼成遺構の調査概要
 第5節 小結
第5章 胎土分析からみた技術(粘土採取・素地づくり・焼成温度)
 第1節 分析資料
 第2節 分析方法と手順
 第3節 胎土分析
 第4節 土器製作技術の考察
 第5節 小結
第6章 製作痕分析からみた技術(成形・焼成)
 第1節 分析資料
 第2節 スサ混粗製壺型土器の成形方法
 第3節 スサ混粗製壺型土器の焼成方法
 第4節 小結
第7章 製作技術と生産形態
 第1節 技術連鎖とその変遷
 第2節 専業化からみた生産形態
 第3節 小結
終章 まとめと展望
 第1節 まとめ
 第2節 展望

 従来、ナイル川流域の王朝成立以前(先王朝時代)の土器研究は、当該分野に関する多くの論考を発表したフリンダース・ピートリに代表されるように、考古学的発掘調査で得られた土器資料を分類することで編年体系を構築することが中心となっていた。そのため、初期の国家成立直前の社会における土器生産の実態に関しては、研究そのものが着手されていない状況にあった。それは研究の対象となった土器資料の多くが墓地に副葬されたものであり、土器焼成施設など土器生産に直接かかわる遺構の検出例が、ほとんどなかったことにも起因している。本書は、そうした従来の研究状況の中において、自らの発掘調査によって得られた先王朝時代の土器製作に関する遺構と遺物を詳細に検討した意欲的な論考である。

 本書は、7つの章および序章、終章から成り、エジプト先王朝時代の土器について様々な角度から詳細に論じたものである。本書の構成と内容は以下のとおりである。

序章:研究の目的と方法
1章:先王朝時代の環境と文化
2章:土器の基礎的理解および分類と編年の研究史
3章:土器製作技術の先行研究と課題
4章:ヒエラコンポリス遺跡の調査
5章:胎土分析からみた技術(粘土採取・素地づくり・焼成温度)
6章:製作痕分析からみた技術(成形・焼成)
7章:製作技術と生産形態
終章:まとめと展望

 序章:研究の目的と方法では、本書の目的として、従来のエジプト先王朝時代の土器研究を概観し、それらの成果を基礎として利用しながらも、これまでほとんど顧みられなかった土器製作の技術に焦点を当てている。そして、一連の土器の製作工程を再構築し、土器の生産形態の変化を詳細に考察することによって、エジプト先王朝時代の社会が、ひとりの王のもとで統一される初期国家形成期の社会へと変容を遂げていく過程、すなわち社会の分化や複雑化の様相とどのように関連するかという問題を明らかにすることを目指している。具体的な研究の方法としては、先王朝時代の土器製作技術に関する先行研究を概観した上で、胎土分析や製作痕分析を実施する。さらに、土器の製作技術の理解を基盤として、先王朝時代の社会との関係を考察するものである。
 1章:先王朝時代の環境と文化では、エジプト先王朝時代のナイル川流域の自然環境と文化について述べている。土器の製作には、原材料となる粘土や焼成に使用する燃料などが必要であり、当時の自然環境が大いに影響しているとした。
 2章:土器の基礎的理解および分類と編年の研究史では、土器を研究する上で不可欠な粘土と胎土を理解するために、粘土の特質、粘土鉱物の化学構造、含有物(混和材)など胎土の特質を詳細に記述し、その知見を基にして、エジプトの代表的な粘土である「ナイルシルト」と「マールクレイ」について、その特徴をまとめている。
 また、先王朝時代の土器の様相について述べており、ピートリ、ピート、フェダーン、マイヤーズ、ブラントンによるこれまでの土器分類の研究史を概観し、さらにウィーンシステムに代表される近年の傾向について記述している。そして、ピートリ、カイザー、ヘンドリックスらの土器編年の研究史を時代順に紹介している。
 3章:土器製作技術の先行研究と課題では、土器製作技術に関する先行研究をまとめることで、その課題や本論の分析視点と方法について検討している。土器の製作技術を扱った論考は、1970年代まであまり実施されていなかったが、1980年代以降、上エジプトのヒエラコンポリス遺跡で土器製作に関する化学分析が実施され、粘土採取地や工房の立地等の問題が取り上げられるようになった。さらに、成形や調整などの技法、焼成、窯の問題等に関しても先行研究をまとめている。その結果、野焼きまたは単室窯の段階があったことは示唆されるものの、窯址の考古資料が極めて少ないために、その具体的な構造を解明することが困難であった状況を明らかにしている。
 4章:ヒエラコンポリス遺跡の調査では、ヒエラコンポリス遺跡におけるこれまでの調査成果と論者自身が実施したHK11C Square B4-5における発掘調査の概要についてまとめ、土器焼成遺構とビール醸造址等、熱利用施設の検出状況について詳述し、その結果として、HK11C Square B4-5の遺構の評価をおこなっている。ヒエラコンポリス遺跡では、1978年以降、アメリカの調査隊により、地質学、動植物学、形質人類学などの研究者から成る学際的調査が継続的に実施され、低位砂漠全体の生態学的古環境と遺構分布の把握がおこなわれてきた。また、この遺跡からは、その後、ビール醸造址や赤色磨研土器を専門に焼成していたとされる土器の焼成地点が点在していることが調査によって判明している。ヒエラコンポリス遺跡で、これまでに検出された土器製作に関する遺構とビール醸造址を詳細に検討することで、遺構の性格と時期とを絞り込むことに成功している。そして、土器焼成施設とビール醸造址との差異を提示していることは興味深い。さらに著者自身が実施しているHK11C Square B4-5遺構の調査概要と検出された遺構および出土遺物を細かく報告している。遺構の時期としては、出土土器から、上層をナカダ?C-D期に、下層をナカダIIA-B期に比定している。そして、このHK11C Square B4-5遺構が土器焼成のための施設であり、焼成の形態もピット窯であったことが想定されている。このことから、著者がヒエラコンポリス遺跡で新たに検出した遺構下層の焼成施設は、これまでに同じくヒエラコンポリス遺跡で発見されているHK29と匹敵するエジプト最古の土器焼成遺構となったことは特筆に値する。

本書図版:土器焼成施設(左)ビール醸造址(右)

 5章:胎土分析からみた技術では、イギリス・ロンドンの大英博物館に所蔵保管されているヒエラコンポリス遺跡出土の土器片資料を対象として、土器薄片の偏光顕微鏡による岩石学的分析、誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP-AES)による化学組成分析、走査型電子顕微鏡(SEM)観察による3つの分析方法がとられた。その結果、分析した34点の土器片は、5つの異なる胎土グループに大別された。そして、得られた分析データを基にしてヒエラコンポリス遺跡における粘土採取から素地づくり、焼成温度などの製作技術について考察しており、多くの新しい知見を得ている。
 6章:製作痕分析からみた技術では、5章で扱った胎土分析からではアプローチが困難である成形と焼成の工程における技術を明らかにするために、土器に残される製作痕跡の詳細な観察をおこなっている。分析には、スサ混粗製壺形土器が使用された。製作痕分析により、壺形土器は輪状の粘土紐を1段ずつ積み上げる「輪積み法」であった。また、HK11C Square B4-5で出土した523点の摩耗痕付土器片が、製陶工具であると結論付け、壺形土器の成形工程を復元することに成功している。また、土器の外面に黒斑を持つ土器の観察から、焼成の際に土器がどのように置かれたかを推定し、HK11C Square B4-5の焼成遺構の復元考察をおこなったことは極めて高く評価される。
 7章:製作技術と生産形態では、技術の工程連鎖と変遷を再構築し、専業化と生産形態の観点から土器文化と社会との関わりについて検討をおこなっている。技術変遷からは、ナカダ?期になり、回転台と製陶工具、そして昇焔式窯という新しい技術が登場するという画期がみられた。そしてナカダ文化内では、北への拡散に先行するナカダ?期に、より専業性の高い生産体制を必要とする社会への変化、つまり階層化や労働分化、交易活動の活発化等の社会変革が起こっていたと推定している。外来の陶工の流入の問題など今後の検討課題にも踏み込んだ記述もおこなっている。
 終章:まとめと展望で、本書による研究をまとめ、今後の研究の課題に関して言及している。さらに、巻末には、17頁におよぶ詳細な参考文献リストが掲げられており、エジプト先王朝時代の土器研究に関する極めて有用なリファレンスとなっている。

詳細な研究史と発掘現場からの発想による魅力的な研究
 本書における考察によって、これまで不明な点が多かったエジプト先王朝時代の土器製作技術の一連の工程の復元に成功している点は、非常に高く評価することができる。土器生産の専業化の問題や社会との関連など、今後解明すべき点は、まだまだ残されているが、本書で展開された研究は、従来のエジプト先王朝時代土器研究にはない優れたものとなっている。そういった点においても、本書は単に古代エジプトの土器研究の範疇を越えたものとなっており、エジプトをはじめとする古代オリエント地域だけではなく、日本を含む世界の土器研究にとっても、たくさんの示唆を提供してくれると確信する。多彩な視点からのアプローチ、実際の発掘現場からの発想などから古代の土器生産を復原していく手法には、思わずひきこまれるものがある。考古学を愛するひとりでも多くの方々が本書を一読することを強く勧めたい。

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