書評コーナー

第15回 2014.05.22

イヌの考古学
発行元: 同成社 2014/01 刊行

評者:江田 真毅 (北海道大学総合博物館)

イヌの考古学

著書:内山 幸子 著

発行元: 同成社

出版日:2014/01

価格:¥4,620(税込)

目次

第1章 イヌの起源と日本列島への渡来
 1 オオカミからイヌへ
 2 イヌとオオカミの区分
 3 考古資料にみる家畜化
 4 最古級のイヌ
 5 イヌが誕生した時代・地域
 6 イヌの特徴
 7 日本列島へのイヌの渡来
第2章 人の従者としてのイヌ―縄文時代のイヌ―
 1 生活体系の変化とイヌ利用の始まり
 2 縄文時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 3 猟犬としての利用
 4 人に寄り添うイヌ
第3章 猟犬から食用犬へ―弥生時代のイヌ―
 1 弥生時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 2 埋葬犬の減少と食用化
 3 縄文時代との比較
 4 周辺文化との比較
 5 猟犬から食用犬への転換
第4章 二極化するイヌ利用―続縄文時代のイヌ―
 1 続縄文時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 2 イヌ利用の地域性
 3 イヌの系譜
 4 新たなイヌ利用の出現背景
第5章 食用犬としてのイヌ―オホーツク文化期のイヌ―
 1 海洋資源の依存とイヌ利用
 2 オホーツク文化期のイヌの遺体とイヌ関連資料
 3 食べるためのイヌ
 4 イヌからみるオホーツク文化と周辺文化
 5 海獣狩猟文化におけるイヌの位置づけ
第6章 イヌ利用からみる日本列島史
 1 イヌ利用の開始と普及
 2 食用犬への転換と明確な地域性の出現
 3 使途の多様化と外来犬の流入

イヌ利用から語る日本列島史

 本書は、「日本列島内におけるイヌに関連した考古資料を中心に、先史時代から現代までのイヌ利用史を描き出すことを目指したもの」(著者あとがきより)である。構成は、イヌの起源と日本列島への渡来、そして各時期におけるイヌ利用について論じ、最後に改めてイヌ利用から日本列島史を見直すもので、下記の6章からなる。

第1章 イヌの起源と日本列島への渡来
第2章 人の従者としてのイヌ―縄文時代のイヌ―
第3章 猟犬から食用犬へ―弥生時代のイヌ―
第4章 二極化するイヌ利用―続縄文時代のイヌ―
第5章 食用犬としてのイヌ―オホーツク文化期のイヌ―
第6章 イヌ利用からみる日本列島史

 第6章を除き、各章はその対象時期のイヌの出土例の渉猟から論が起こされている。また文章はこの手の学術書にありがちな難解なものではなく、平易な短文が多い。初学者にも入り込みやすい構成と言えるだろう。日本列島に限定しても、イヌに関連した考古資料は非常に膨大である。あとがきによれば本書は足掛け5年で完成したとされる。しかし、背後にそれ以前からの内山氏の研究の蓄積があることは自明である。

 第1章では、考古学に限らず、生物学の知見も織り交ぜながらイヌの起源と日本への渡来について概説している。イヌの祖先はオオカミとされるが、その家畜化がいつ、どこで始まったのかはまだよく分かっていない。本章では、海外の事例も含めて更新世末期〜完新世初頭のイヌの出土例を総説し、このころまでに家畜化がある程度進んでいたとする従来の説を確認している。また遺伝学的見地から、イヌとオオカミの分岐を12万年前〜15万年前とした研究や、イヌの起源を東アジアとした研究を紹介している。なお、この分野の研究の進展は目覚しい。最近、遺跡資料のより詳細な遺伝的解析から、イヌの共通祖先が約1.9万〜3.2万年前のヨーロッパにいたとする研究もあることを補足しておきたい(Thalmann et al. 2013, Science 342: 871−874)。一方、日本在来のニホンオオカミ・エゾオオカミとイヌの遺伝的相違、そして日本列島における最古級のイヌの出土例から、イヌは遅くとも縄文時代早期までに日本列島に持ち込まれたと結論している。

 第2章では、縄文時代における人とイヌのかかわりについて論じている。従来、縄文時代のイヌは、猟犬とされてきた。全身が揃い埋葬されたとみなされる例や怪我の報告例が多いことなどがその根拠である。内山氏もイヌが猟犬として活躍した可能性を首肯している。一方で、猟犬としての活躍があまり見込めない若い個体も多数埋葬されていることや、狩猟者である男性のみならず女性の墓などに葬られた例も一定数あることなどに着目し、「イヌは、実際に担った役割やそこでの活躍度にかかわらず、家犬として人の身近に生を受けた時点ですでに、人と特別なつながりを持った」(p67)と論じている。従来の縄文犬=猟犬とする考えに一石を投じるものといえよう。

 第3章は、弥生時代における人とイヌのかかわりがテーマである。弥生時代の遺跡ではイヌの骨は一般に散乱状態でみつかり、全身骨格の揃う例は稀である。また死亡年齢が比較的若い個体に偏ることから、従来から食用犬としての利用が指摘されてきた。内山氏も、狩猟や戦争・祭りの情景を表現したとされる意匠中にイヌと思しき動物が描かれていることなどから、弥生時代にも猟犬やそれ以外の役割を担ったイヌがいた可能性を指摘しながら、「使役犬として利用されたイヌも、死後には食べられることが基本であった」(p93)と論じている。また、縄文時代との違いは使途のみならず形態にも認められることに触れ、「弥生時代に人がイヌを連れて渡来したことにより、日本列島内に新たなイヌの形質的特徴と犬食習慣がもたらされた可能性は十分に考えられる」(p100)と結論し、従来の説を追認している。

 第4章と第5章はそれぞれ続縄文文化とオホーツク文化におけるイヌ利用がテーマである。北海道を主たるフィールドとする内山氏だけに、両章には氏自身による研究成果が多数盛り込まれている。続縄文文化とオホーツク文化のイヌ利用には多くの共通性が認められる。つまり、(内山氏に報告されたサハリンのオホーツク文化期の1例を除き)散乱した状態で骨が出土すること。食肉としてのみならず、その毛皮が素材として利用されたと考えられること。両文化期ともにイヌが少量しか出土しない遺跡と多量に出土する遺跡があること。出土量が少ない遺跡では成獣が目立つのに対して、出土量が多い遺跡では若い個体が多いこと。そしてイヌを食料として盛んに利用した遺跡では、海洋資源に依存した、あるいは特化した生活が営まれていたことである。このような遺跡で、海域での生業の不安定性を補うためにイヌ利用が発達したとする論は、十分に説得力のあるものと思われる。
 続縄文人とオホーツク人は明らかに出自が異なる。彼らが共通して縄文人と隔絶したイヌ利用をおこなった背景に、北方地域からの文化的流入を指摘している。また、内山氏らによるイヌの頭骨の多変量解析などの結果として、縄文時代とは明らかに形態の異なるイヌが続縄文文化前半期から利用されていたことを示し、北方地域からイヌそのものが流入した可能性も指摘している(余談ながら、図44cでは、記号判例の縄文犬とオホーツク犬Aが逆になっていると思われることに注意されたい)。さらに、刻文期以降にイヌの非実用的な使途の追加を思わせるイヌの装飾上腕骨が出現することについて、このころ大陸から導入されたブタとともに家畜に対する特異な精神観が流入したことの影響を考察している。関連領域の研究の批判的検証から導き出されたこれらの綿密で真摯な議論は一読の価値がある。

 第6章では、本州以南の古代以降のイヌ利用について概観するとともに、前章までにみてきた日本列島における各時期のイヌ利用の内容をもとに、イヌからみた日本列島史の構築を試みている。縄文時代には猟犬、弥生時代や続縄文文化期・オホーツク文化期には主に食肉用であったイヌ。その使途は、古代以降急激に拡大した。猟犬、番犬、愛玩犬、食用犬、闘犬といった使途のほか、死後の骨や歯、毛皮の利用、さらにはイヌの生物学的特徴に基づいた精神的・信仰的位置づけにも言及している。そして、現代のイヌはほぼ愛玩犬のみで他の使途はほとんどないこと、家族の一員として深く愛されていること、またこの変化が近年急激に起こったことに触れ、「近代以前と現代の間に、日本列島におけるイヌの利用史上、もっとも大きな画期を認めることができる」(p228)として筆をおいている。

 本書の特徴のひとつは、これまで時期や地域を限定して論じられることの多かったイヌの利用史を通史的に概観した点にある。本州以南の中近世の遺跡の渉猟が若干不足しているようにも感じられるものの、本書が人とイヌの関係史を考える一つの大きな手掛かりとなることは間違いない。内山氏は「イヌが人類史を解明するための有効な資料となることを示すこと」を一つの目的に据えている。本書を通読することで、イヌと人とのかかわりあいが時代とともに大きく変化してきたことともに、その背景に他の人類集団との文化的な接触や交流の影響のあることが容易に理解できる。その目的は十二分に達せられているといえるだろう。

イヌの考古学

著書:内山 幸子 著

発行元: 同成社

出版日:2014/01

価格:¥4,620(税込)

目次

第1章 イヌの起源と日本列島への渡来
 1 オオカミからイヌへ
 2 イヌとオオカミの区分
 3 考古資料にみる家畜化
 4 最古級のイヌ
 5 イヌが誕生した時代・地域
 6 イヌの特徴
 7 日本列島へのイヌの渡来
第2章 人の従者としてのイヌ―縄文時代のイヌ―
 1 生活体系の変化とイヌ利用の始まり
 2 縄文時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 3 猟犬としての利用
 4 人に寄り添うイヌ
第3章 猟犬から食用犬へ―弥生時代のイヌ―
 1 弥生時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 2 埋葬犬の減少と食用化
 3 縄文時代との比較
 4 周辺文化との比較
 5 猟犬から食用犬への転換
第4章 二極化するイヌ利用―続縄文時代のイヌ―
 1 続縄文時代のイヌの遺体とイヌ関連資料
 2 イヌ利用の地域性
 3 イヌの系譜
 4 新たなイヌ利用の出現背景
第5章 食用犬としてのイヌ―オホーツク文化期のイヌ―
 1 海洋資源の依存とイヌ利用
 2 オホーツク文化期のイヌの遺体とイヌ関連資料
 3 食べるためのイヌ
 4 イヌからみるオホーツク文化と周辺文化
 5 海獣狩猟文化におけるイヌの位置づけ
第6章 イヌ利用からみる日本列島史
 1 イヌ利用の開始と普及
 2 食用犬への転換と明確な地域性の出現
 3 使途の多様化と外来犬の流入