書評コーナー

第16回 2014.06.20

西周王朝とその青銅器
発行元: 六一書房 2014/03 刊行

評者:田畑 潤 (青山学院大学非常勤講師)

西周王朝とその青銅器

著書:角道 亮介 著

発行元: 六一書房

出版日:2014/03

価格:¥16,280(税込)

目次

第1章 西周史研究の意義と課題
第1節 文献資料に記載される西周史
第2節 西周史研究と問題の所在
 1.西周遺跡の発掘史
 2.西周王朝とその青銅器をめぐる研究史
 3.課題の設定
第2章 西周青銅器の広がり
第1節 西周青銅器編年の枠組み
第2節 西周期の青銅彝器分布
第3節 西周期の青銅器文化圏
 1.器種組成にみる地域性
 2.青銅器文化圏の設定
 3.西周青銅器文化圏の縮小と拡大
第4節 小 結
第3章 西周王朝と青銅器
第1節 関中平原における青銅彝器分布の変化
 1.関中平原の地理環境
 2.関中平原における青銅彝器出土状況
 3.青銅器出土地点の時期的変遷
 4.西周王畿における邑の性格
第2節 青銅器祭祀の変革とその背景
 1.青銅器窖蔵の出現
 2.斉家村石玦工房区墓地の被葬者と副葬青銅器
 3.窖蔵の形態と位置
 4.窖蔵青銅器の意味と周原遺跡の性格
第3節 周原と宗周
 1.文献史料と金文史料にあらわれる西周の都
 2.宗周の地をめぐる問題
 3.「宗周」で行われる行為と「豐」「蒿」
 4.「宗周」で行われる行為と「周」「成周」「■京」
第4節 小 結
第4章 諸侯国における受容形態
第1節 晋国墓地の研究
 1.文献記録に見える晋国史
 2.北趙晋侯墓地の発見と研究史
 3.晋国青銅鼎編年
 4.北趙墓地被葬者の再検討
第2節 ■国墓地の研究
 1.■国墓地の発見とその概要
 2.■国墓地の男女埋葬とその変化
 3.■国墓地における副葬品系統の変化
第3節 西周青銅器銘文にみる礼制の受容
 1.西周青銅器銘文研究と問題の所在
 2.諸侯国における青銅彝器組成
 3.金文類型とその地域性
第4節 小 結
第5章 西周の政体と領域

青銅彝器からみる西周の政体と領域

 近年の周公廟遺跡における西周甲骨や亜字形大墓の発見、中国各地で相次ぐ西周貴族墓の発掘など、学術界を騒がす考古発見により西周史研究は日々進展をみせている。中国古代の青銅器はその特徴的な形状や饕餮紋に代表される荘厳な装飾に注目され、高い鋳造技術にも驚嘆させられる。中国古代の青銅器に対する科学的分析も進歩しており、鋳造技術や金属組成の面で大きな成果が上がっている。本著では青銅器に対する考古学的な検討、すなわち出土器物の型式学的変遷、出土状況の比較、銘文にみる利用形態の分類を駆使し、西周王朝の実態を解明する意欲作である。

 著者は序文において、西周王朝の広がりを確かにすることは「中華」的世界観が形成されてゆく背景を考える上で大きな手掛かりとなり、単なる中国古代社会の復元に寄与するのみにならず、東アジア古代社会における国家成立の原理と政治構造の根本的な変化過程を解き明かすという普遍的なテーマに対する格好の材料になる、と述べている。中華文明の形成は現在の中国考古学における主要なテーマでもあり、古代中国を代表する青銅器から検討することは重要な意義がある。本著の構成は以下の通りである。

第1章 西周史研究の意義と課題
第2章 西周青銅器の広がり
第3章 西周王朝と青銅器
第4章 諸侯国における受容形態
第5章 西周の政体と領域

 章立てから分かるように本著は西周史研究の専著であり青銅彝器を分析対象としている。彝とは『説文解字』糸部に、「彝。宗廟常器也。(彝は宗廟の常器なり)」とあるように本義は宗廟祭祀にあり、礼制を体現する器物として捉えられている。青銅彝器は同時に政治的な意味が付与されたものであり、銘文内容から王朝と諸侯国の関係性を確認させるための器物である。本著はこの青銅彝器を対象として、その分布を確認し、出土状況や銘文内容から王朝と諸侯国の祭祀形態を検討していくことにより、西周王朝の政体と領域を解明していくという構成をとっている。

 第1章では『史記』周本紀の西周王朝成立から東遷までを要約し、西周青銅器に関連する研究を概観した上で、自身の研究手法に触れている。その手法は主に青銅彝器の器種構成や銘文内容を軸とした祭祀形態の分析とその出土状況にみられる礼制の受容/非受容の程度を比較検討するものである。後代の儒家思想により理想化された西周王朝という文献史料の側面に注意を払いつつ、出土資料との包括的な検討により西周社会の背景を適切に解釈していく姿勢を示している。

 第2章では西周時代の青銅彝器が出土した地点をまとめ、器物としての広がりを捉えている。西周王朝の中心地である周原地区と豐鎬地区の青銅彝器を王朝系青銅彝器とし、中国全土諸地域の器種構成や地方型青銅彝器の様相をまとめ、以下の文化圏を設定している。黄河中・下流域を中心とした西周青銅器文化圏、長江下流域を中心とした華東青銅器文化圏、長江以南・嶺南以北の湘贛青銅器文化圏を主な文化圏として挙げ、辺縁地域への広がりを含めた西周青銅器の分布を図示している。西周時代に限定しているとはいえ、中国全土に渡る資料を網羅しており、2011年時点の青銅彝器4423点について、出土地点・出土年・掲載報告書・器物の年代・出土遺構の種類・器種構成とその点数を巻末の表に付している。中国における青銅器研究の専著においても出土青銅器の集成に重点を置いたものは少なく、分類基準も曖昧で特定の地域に限定される場合が多いため、総合的な研究に活用されにくいという問題があった。そうした中で示された上述の集成はデータベースとして利用価値の高いものとして評価される。

 第3章では西周青銅器文化圏の関中平原を舞台に、王朝系青銅彝器の出土状況、時期的変遷について詳細な分析が進められる。注目すべきは周原地区・豐鎬地区という西周王畿に集中的にみられる青銅器窖蔵と青銅器副葬墓との比較を通じ、西周後期に墓への副葬から窖蔵への埋納に移行するという見解である。さらに窖蔵と宗廟との密接な位置関係から、窖蔵青銅器は祖先祭祀と強く結びついたものであると述べている。これは文献史料を基にした西周後期における異民族の侵入に対し青銅器を一時的に隠匿するために窖蔵が設けられたとする説に対して、宗廟祭祀と強く関連する遺構であるという新たな解釈を示している。両地区は盗掘事例が多いという問題があり、今後の資料の増加を待って再検討する必要があるが、西周後期における窖蔵の大幅な増加や代替品としての明器の出現と青銅彝器の非副葬化が一定の対応をみせている点は興味深い。

 舞台を諸侯国に移す第4章では、王朝系青銅彝器の受容における地域的な差異が検証される。重要な成果として北趙晋侯墓地の分析が挙げられる。見解の分かれる晋侯墓の造営順序について、出土した青銅器銘文と『史記』記載の晋侯名を対応させることに重きが置かれている従来の研究の問題点を指摘し、青銅鼎の型式学的変遷から再検討を行っている。北趙墓地について、青銅鼎編年から造営順序を確定させ、青銅器銘文と晋侯名の矛盾を明らかにした上で、西周末の晋穆侯の遷都後に晋侯の系譜に連なり対立関係にある曲沃侯の一部も埋葬されていたとの新たな見解を提示している。単に安易な文献比定を批判するだけでなく、考古学的分析結果を重視しつつ文献記載の矛盾を解消した新たな見解であり、未解決のこの問題に一石を投じるものとして評価されるものである。また、本章では黄河流域を中心に銘文にみる礼制の受容に関する様相がまとめられている。青銅器銘文を作器対象と祭祀内容に関する叙述形態により分類し、その相関関係や地域差を分析している。その結果、「王朝と祭祀を共有する諸侯国」と「王朝による祭祀からの逸脱をみせる諸侯国」の存在を抽出し、西周後期に前者を含む領域が収縮することを明らかにした。

 まとめとしての第5章では、松丸道雄氏の邑制国家のモデル(松丸道雄1970「殷周国家の構造」荒松雄ほか編『岩波講座 世界歴史4 古代4 東アジア世界の形成1』岩波書店)を下地に、西周王朝と諸侯国の政治構造についてより具体的なモデルを提示し、さらに西周王朝の政治的領域と青銅彝器の広がりが礼制の受容/非受容という重層的なものであることを明らかにした。著者は最後に、西周王朝の祭祀形態が及ぶ政治的領域は黄河中流域を中心とした限定的なものであるが、器物としての西周青銅彝器の広域的分布が後の中華世界を形成していく範囲であるとみなしうる、と述べており、中華文明の形成という大きな課題に対して一つの答えを出している。

 本書の特徴として、著者は一貫して文献史料をもとにした歴史観に対して慎重な立場を示している。出土資料と文献史料とを慎重に総合した研究成果の最たるものが青銅器窖蔵についての新たな解釈や北趙墓地にみられる晋侯と曲沃侯の交代劇であり、考古学的検討の重要性が再認識させられる。
 今後の研究に期待を込めて以下の提言を加えたい。本著は西周史研究の専著であるため、中国古代史を通じた上での西周王朝の位置づけに関しては課題を残す。前代の殷王朝そして東遷後に発展する諸侯国の青銅彝器との比較を通じ、夏殷周三代における西周王朝と西周青銅彝器の位置づけを追求していくべきであると評者は考える。
 上述の他、本著では銘文資料を通じた都の性格、墓地にみられる階層性の抽出、埋葬制度の変化と性差など様々な角度から分析を行っている。中国古代史を研究する考古学者・歴史学者は勿論、関連項目に関心を持つ方々に一読をお薦めしたい。

西周王朝とその青銅器

著書:角道 亮介 著

発行元: 六一書房

出版日:2014/03

価格:¥16,280(税込)

目次

第1章 西周史研究の意義と課題
第1節 文献資料に記載される西周史
第2節 西周史研究と問題の所在
 1.西周遺跡の発掘史
 2.西周王朝とその青銅器をめぐる研究史
 3.課題の設定
第2章 西周青銅器の広がり
第1節 西周青銅器編年の枠組み
第2節 西周期の青銅彝器分布
第3節 西周期の青銅器文化圏
 1.器種組成にみる地域性
 2.青銅器文化圏の設定
 3.西周青銅器文化圏の縮小と拡大
第4節 小 結
第3章 西周王朝と青銅器
第1節 関中平原における青銅彝器分布の変化
 1.関中平原の地理環境
 2.関中平原における青銅彝器出土状況
 3.青銅器出土地点の時期的変遷
 4.西周王畿における邑の性格
第2節 青銅器祭祀の変革とその背景
 1.青銅器窖蔵の出現
 2.斉家村石玦工房区墓地の被葬者と副葬青銅器
 3.窖蔵の形態と位置
 4.窖蔵青銅器の意味と周原遺跡の性格
第3節 周原と宗周
 1.文献史料と金文史料にあらわれる西周の都
 2.宗周の地をめぐる問題
 3.「宗周」で行われる行為と「豐」「蒿」
 4.「宗周」で行われる行為と「周」「成周」「■京」
第4節 小 結
第4章 諸侯国における受容形態
第1節 晋国墓地の研究
 1.文献記録に見える晋国史
 2.北趙晋侯墓地の発見と研究史
 3.晋国青銅鼎編年
 4.北趙墓地被葬者の再検討
第2節 ■国墓地の研究
 1.■国墓地の発見とその概要
 2.■国墓地の男女埋葬とその変化
 3.■国墓地における副葬品系統の変化
第3節 西周青銅器銘文にみる礼制の受容
 1.西周青銅器銘文研究と問題の所在
 2.諸侯国における青銅彝器組成
 3.金文類型とその地域性
第4節 小 結
第5章 西周の政体と領域