書評コーナー

第18回 2014.10.02

土器から見た古墳時代の日韓交流
発行元: 同成社 2013/03 刊行

評者:小林 孝秀 (松戸市立博物館)

土器から見た古墳時代の日韓交流

著書:酒井清治 著

発行元: 同成社

出版日:2013/03

価格:¥6,600(税込)

目次

第1部 須恵器生産と年代
 第1章:須恵器生産のはじまり
 第2章:須恵器の編年と年代観
 第3章:陶邑TK87号窯出土の樽形土器の再検討
第2部 列島出土の朝鮮半島系土器と渡来人
 第1章:日本の軟質土器と渡来人
 第2章:朝鮮半島系土器から見た日韓交流
 第3章:関東の朝鮮半島系土器と渡来文化
 第4章:長野県飯田市新屋敷遺跡出土の百済・栄山江流域系土器
 第5章:市川市出土の新羅土器
 第6章:古墳出土の土器の特質
第3部 百済と栄山江流域の土器
 第1章:栄山江流域の土器生産とその様相 羅州勢力と百済・倭の関係を中心に
 第2章:栄山江流域の土器 ―霊光鶴丁里大川古墳群出土土器の再検討―
 第3章:百済泗沘期の風船技法で製作された高台付椀
 第4章:朝鮮半島と日本の底部糸切り離し技法
 第5章:韓国出土の須恵器
 第6章:須恵器系土器とハソウについて
 第7章:土器から見た倭と栄山江流域の交流

土器の製作技法の緻密な分析を通し、日韓交流の一様相を描き出す

 本書は、著者が1999年から2012年にかけて執筆した16本の論文に、新稿を加えてまとめられたものであり、著者の2003年度における韓国忠南大学校百済研究所を拠点とした1年間の在外研究の成果が多く盛り込まれている点が特筆される一書である。
 全体としては、第1部から第3部の構成であるが、日本列島における初現期須恵器(初期須恵器)の特徴や製作技法の詳細な分析・検討を基軸に据え、積極的に朝鮮半島との系譜関係の追究を試みており、日本列島と朝鮮半島諸国間の交流関係や渡来人の実態にも迫った内容となっている。なかでも、こうした須恵器製作技術の伝播および渡来人の動向とその史的背景を探るうえで、従来から注目されてきた朝鮮半島東南部の動向に留意する一方で、南西部の栄山江流域における土器の特徴とその地域性を踏まえた実証的検討を試み、各地域勢力の実態把握を通して、百済・加耶・新羅、そして倭をめぐる当時の複雑な交流関係の解明を目指した点が、本書の注目すべき成果と言えるであろう。
 第1部「須恵器生産と年代」では、日本列島における須恵器生産が一元的ではなく、多元的に開始されたという理解のもと、その技術的系譜として加耶系陶質土器に源流が求められるのであるが、加耶系が主体でありながらも、栄山江流域や錦江流域の影響もわずかながら認められる点に注目する。そして、その後、列島に伝えられた須恵器が陶邑を中心に定型化(「日本化」)を遂げるという従来の理解に対し、それが内的変化ではなく、栄山江流域からの外的要因が大きく加わった可能性を指摘する。つまり、倭の須恵器は加耶系から栄山江流域系に順次変遷したということ、その評価をめぐっては5世紀後半から6世紀前半の栄山江流域で認められる前方後円墳や埴輪、横穴式石室などの倭系文物の動向とも合わせた議論として展開すべき問題であることに言及している。
 また、このような初現期須恵器の系譜問題に焦点を当てる一方で、畿内における須恵器の編年と年代観に関する詳細な検討を行なっているが、特に近年の日韓における研究動向や新出資料の提示・分析に加えて、年輪年代測定や炭素14年代・ウィグルマッチング法による火山灰の年代測定の成果などにも留意しつつ、初現期須恵器の出現年代から6世紀代に至る畿内の須恵器編年と年代観を提示するに至っている。
 第2部「列島出土の朝鮮半島系土器と渡来人」では、日本列島各地から出土した朝鮮半島系土器に焦点を当て、土器の諸特徴から各遺跡の性格や流入の史的背景に関する考察を試みている。特に朝鮮半島系土器のなかでも、軟質土器は渡来人が実際に使用した日常什器と考えられるため、その出自・故地を探る手掛かりとなる資料であるとする。こうした認識のもと、福岡県西新町遺跡、奈良県南郷遺跡群、大阪府大庭寺窯跡群など西日本の事例を詳細に検討するものの、西日本の分析のみに留まらず、長野県・群馬県・千葉県をはじめとする東日本の事例にも視野を広げたうえで、朝鮮半島系土器から見た諸地域間の交流や渡来人による技術・文化の伝播、その移住・居住をめぐる問題に踏み込んだ論を展開し、多角的視点からの実態把握に成功している。
 第3部「百済と栄山江流域の土器」では、まず朝鮮半島南西部の栄山江流域について、政治的・社会的・歴史的背景をめぐる議論が主流となる一方で、当地の土器に関する認識が研究者間で異なり、議論が平行線を辿るという研究現状を鑑み、共通の物差しとしての基礎的な土器変遷の確立が必要であると指摘する。そのため、朝鮮半島南西部の古墳や窯跡から出土した土器の特徴をもとに、大きくは瓦質系土器、羅州系土器、百済系土器、須恵器系土器、高敞系土器の5つの分類を提示するなかで、百済・栄山江流域の土器生産や製作技法に関する検討を行ない、各土器系譜の分布範囲と地域勢力との関わりについて論究している。
他にも百済泗沘期における「風船技法」の検討や「底部糸切り離し技法」に見る朝鮮半島と日本列島の諸地域間の比較、須恵器系土器と百済系土器に見られる「斜行整形痕」の特徴とハソウの史的評価をめぐる問題を論じるなど、土器製作技法に関する研究視点とその意義について言及している。また、これまで知られている資料とともに、著者の実見に基づく成果を加えて韓国出土須恵器の集成を提示したが、朝鮮半島のなかでも東部と西部で出現・ピークの時期に違いがあるということ、東部では墳墓主体であるのに対し、西部では墳墓以外に住居跡をはじめとする生活関連遺構や祭祀遺跡などから出土するという差異に着目する。そこには東部が墳墓から威儀具が出土するなど、政治的な交渉のなかで人の移動に伴い土器も移動した可能性が窺えるが、一方の西部では交易など人的交流のなかで須恵器がもたらされたと評価するに至っている。そして、最後に本書のまとめとして、「土器から見た倭と栄山江流域の交流」では、第1部から第3部の検討結果をもとに、土器を通して見た4世紀後半から7世紀代に至る倭と栄山江流域の交流の実態を浮き彫りにしている。
 以上、本書は須恵器生産技術の伝播、渡来人と手工業生産、栄山江流域の土器生産と地域勢力など多岐に亘る論点を総合的に研究したものである。このように、土器の緻密な分析に基づき、須恵器の編年・年代観および技術系譜、朝鮮半島系土器と渡来人の実態を、西日本から東日本まで汎日本列島的な視点をもって論じるとともに、これらを理解するうえで朝鮮半島諸国の動向にまで視野を広げて大局的に扱い、まとめたものはこれまでになかったであろう。特に土器の編年や分類のみに終始する研究とは異なり、そこから人々の交流の諸相や日本列島・朝鮮半島の歴史動向を探る内容となっている点が特筆される。加えて、本書で提示した朝鮮半島の栄山江流域における土器系譜と地域勢力に関する評価は、近年、日韓の各研究者が注目し、さまざまな議論を繰り広げている朝鮮半島の前方後円墳や倭系文物、さらにはその被葬者像をめぐる研究現状に対しても、一石を投じるものである。古代東アジアを舞台とした壮大な交流の実態を解明するための、必読すべき一書と評価できる。

土器から見た古墳時代の日韓交流

著書:酒井清治 著

発行元: 同成社

出版日:2013/03

価格:¥6,600(税込)

目次

第1部 須恵器生産と年代
 第1章:須恵器生産のはじまり
 第2章:須恵器の編年と年代観
 第3章:陶邑TK87号窯出土の樽形土器の再検討
第2部 列島出土の朝鮮半島系土器と渡来人
 第1章:日本の軟質土器と渡来人
 第2章:朝鮮半島系土器から見た日韓交流
 第3章:関東の朝鮮半島系土器と渡来文化
 第4章:長野県飯田市新屋敷遺跡出土の百済・栄山江流域系土器
 第5章:市川市出土の新羅土器
 第6章:古墳出土の土器の特質
第3部 百済と栄山江流域の土器
 第1章:栄山江流域の土器生産とその様相 羅州勢力と百済・倭の関係を中心に
 第2章:栄山江流域の土器 ―霊光鶴丁里大川古墳群出土土器の再検討―
 第3章:百済泗沘期の風船技法で製作された高台付椀
 第4章:朝鮮半島と日本の底部糸切り離し技法
 第5章:韓国出土の須恵器
 第6章:須恵器系土器とハソウについて
 第7章:土器から見た倭と栄山江流域の交流