書評コーナー

第21回 2015.02.03

荒屋遺跡 北陸最大級の細石刃文化の拠点
発行元: 同成社 2014/09 刊行

評者:山岡 拓也 (静岡大学人文社会科学部准教授)

荒屋遺跡 北陸最大級の細石刃文化の拠点

著書:沢田 敦 著

発行元: 同成社

出版日:2014/09

価格:¥1,980(税込)

目次

1 荒屋遺跡をとりまく研究史
 1 遺跡の発見と第一次発掘調査
 (一)発見から調査に至る経緯
 (二)遺構と年代測定
 (三)舟底形細石刃核と荒屋型彫刻刀
 2 荒屋遺跡発見と細石刃石器群研究の進展
 (一)発見前夜
 (二)二つの細石刃石器群
 (三)湧別技法の提唱
 (四)疑義の提出
 (五)荒屋遺跡の細石刃製作技術
 (六)北方系細石刃石器群の分布論
 (七)荒屋型彫刻刀の形態と分類
 (八)遺跡の評価と限界
 3 第二・三次発掘調査とその成果
 (一)調査の目的
 (二)調査の概要
 (三)調査成果
 (四)調査以降の研究の進展
 4 国史跡指定と第四次発掘調査
2 あきらかになる遺跡の様相
 1 発掘調査の概要
 (一)第一次発掘調査
 (二)第二次・三次発掘調査
 (三)第四次発掘調査
 2 遺跡の立地と周辺の遺跡
 (一)遺跡の位置と立地
 (二)周辺の河岸段丘と遺跡形成時の地形
 (三)遺跡と周辺の微地形
 (四)周辺の遺跡と歴史的環境
 3 層序
 (一)基本層序
 (二)第一次発掘調査における所見
(三)第四次発掘調査における所見
3 遺構からみる遺跡の様相
 1 検出遺構の概要
 2 主要遺構各説
 (一)竪穴住居状遺構
 (二)土坑
 3 遺構検証の必要性と方法
 (一)検証の必要性
 (二)検証の方法
 4 遺構の検証
 (一)属性の検討
 (二)遺構の分布状況と形成過程
 (三)竪穴住居状遺構と土坑14の関係
 (四)検証から見えるもの
4 出土遺物の様相 ― 荒屋遺跡の石器
 1 出土遺物の概要
 2 遺物の出土状況
 (一)第二次・三次発掘調査
 (二)第四次発掘調査
 (三)遺跡全体の状況
 3 細石刃
 (一)細石刃の形態
 (二)石器使用痕分析とは
 (三)細石刃の使用痕分析と機能推定
 4 細石刃製作関連資料
 (一)細石刃核
 (二)細石刃核母型
 (三)細石刃核削片
 5 荒屋遺跡の細石刃製作技術
 (一)削片系細石刃製作技術
 (二)非削片系細石刃製作技術
 6 彫刻刀と彫刻刀削片
 (一)分類と形態
 (二)製作技術
 (三)定義について
(四)機能
 7 その他の石器
 (一)搔器
 (二)削器
 (三)錐器
 (四)鏃形石器
 (五)両面加工尖頭器
 (六)礫器
 8 石器石材
5 一万七千年前のできごと
 1 荒屋遺跡の時代
 (一)荒屋遺跡の年代
 (二)後期旧石器時代のはじまりと終わり
 (三)後期旧石器時代から縄文時代へ
 (四)氷期から温暖期への環境変化
 (五)環境の変化と人類遺跡
 2 遺跡のなかで
 (一)荒屋遺跡の遺構・遺物からみた人類活動
 (二)狩猟か漁撈か
 (三)信濃川、魚野川における河川漁撈
 3 地域のなかで
 (一)荒屋遺跡と地域の遺跡
 (二)遊動と石材消費
 4 列島のなかで
 (一)北海道島における北方系細石刃石器群の変遷
 (二)本州島の北方系細石刃石器群
 (三)細石刃石器群の変遷
 (四)神子柴石器群と細石刃石器群
 5 地球のなかで
 (一)シベリアの細石刃石器群
 (二)本州島における細石刃石器群の形成
 6 「歴史の窓」としての荒屋遺跡

細石刃文化期の拠点的な遺跡である荒屋遺跡を取り上げ、旧石器時代研究の方法を紹介しその魅力を伝える書籍

 本書は、同成社のシリーズ「日本の遺跡」の47冊目として刊行された。以下で章ごとに内容を概観する。
 「1 荒屋遺跡を取り巻く研究史」では、荒屋遺跡の発見(1957年)と第一次発掘調査(1958年)について取り上げられ、荒屋遺跡発見前後(1930年代〜1980年代)の細石刃石器群の研究動向が解説されている。荒屋遺跡は本州島における北方系細石刃石器群の最も重要な遺跡であり、荒屋遺跡の発見と第一次発掘調査はその後の細石刃石器文化に関する研究を方向づけ、その成果に基づいて主に細石刃や彫刻刀などの製作技術の研究が進展したことが解説された。これに続いて第二次(1988年)・第三次(1989年)と第四次発掘調査(2001年)の概要や国史跡に指定される(2004年)経緯や、その間の研究の進展について説明されている。
 「2 あきらかになる遺跡の様相」では、各発掘調査の概要、遺跡の立地や周辺の遺跡について解説されている。 
 「3 遺構からみる遺跡の様相」では、まず、第一次・第二次・第三次発掘調査で確認された遺構について取り上げ、その中でも第二次・第三次発掘調査で調査された遺構(竪穴住居状遺構1基、土坑19基)について詳しく解説している。それに続いて検出遺構の認定や解釈に関する方法を示し、検出された遺構に関する批判的検討がなされた。その結果、遺構群の痕跡の存在と人為性については概ね妥当と考えられるものの、主要な遺構の形成過程や遺跡の自然形成過程に関して異なる解釈が示された。調査が行われた遺構群は複雑に重複しながら調査区のほぼ中央を東西に横断するように帯状に分布し、いくつかの遺構の埋土からは焼土や炭化物が検出されている。遺構群の分布状況や出土状況、層序に関する所見、さらには遺跡周辺の微地形の検討から、段丘離水後に形成された自然流路の半没状態の痕跡である帯状の低地が存在し、低地やその肩部を整形して段切り状とし、その底面で火が焚かれた。そうした遺構の部分的な埋没、低地やその肩部の再整形、火が焚かれることが繰り返され、遺構群が形成された、と解釈している。
 「4 出土遺物の様相−荒屋遺跡の石器」では、出土石器資料の全貌が示され、多くの石器資料が出土していること、彫刻刀関係資料が多いこと、彫刻刀だけでなく道具類の質・量が豊富なこと、大量の石器が出土する原産地に立地する遺跡とは石器資料の内容が異なることなどの特徴が指摘された。これに続いて遺物分布の特徴にも触れ、遺物の分布は、遺構埋土や包含層に大量の遺物を包含する遺物集中域とその周辺の作業域という空間的な構造として捉えられそうだとする。さらに石器の器種ごとに形態、製作技術、機能や石器石材について解説された。
 「5 一万七千年前のできごと」では、まず荒屋遺跡の年代について解説され、その時代背景として日本列島での文化の変遷や環境の変化に関する概要がまとめられた。それに続いて、「遺跡のなかで」、「地域のなかで」、「列島のなかで」、「地球のなかで」という4つの空間のくくりごとに荒屋遺跡のもつ意義や研究課題について解説している。
 「遺跡のなかで」では、荒屋遺跡の遺構・遺物から推定される活動内容について扱われている。遺跡内では、火と彫刻刀、植刃器を使用した作業が主に行われており、その作業に関わる生業活動は、シカを主な対象とした狩猟活動であると先行研究では解釈されたことが紹介されている。ただし、北方系細石刃石器群を残した集団の生業については、狩猟を想定する研究者がいる一方で、河川漁撈を想定する研究者もいることを合わせて述べている。次に、近世・近代の史料を主に参照して荒屋遺跡に近接する信濃川、魚野川における河川漁撈について紹介し、近年に至るまで非常に豊富な漁業資源(主にサケ・マス)が得られていたことから、河川漁撈仮説は荒屋遺跡の形成要因を考える上で魅力的であるとする。ただし、一般的に近世・近代と旧石器時代とでは環境が大きく異なっており、旧石器時代において近世・近代と同じように豊富なサケ・マスが得られる環境にあったのかどうかはっきりとはわからず、そうした史料を先史時代に直接適用できるという確証がないことも述べられている。このため、現時点で荒屋遺跡における生業活動を特定することは難しく、この課題を克服するための方策の一つとして、微細な動物遺存体を検出するために、旧石器時代遺跡で検出される焼土の水洗選別を実施することが挙げられている。
 「地域のなかで」では、荒屋遺跡に加えて、南東北・東関東の北方系細石刃石器群も取り上げ、それぞれの石器群の内容と石材産地との距離について整理し、遊動と石材消費の観点からこれらの石器群について解説している。長距離移動、計画的な生業、軽量化された石器類とが有機的に結びついた特殊化された石器群であったと評価している。    
 「列島のなかで」では、北海道における北方系細石刃石器群の変遷を概観し、本州の北方系細石刃石器群の変遷と地域性について整理し、その後、神子柴石器群との関係についても触れながら、日本列島東半における旧石器時代から縄文時代への移行期の動向について解説している。本州島における北方系細石刃石器群については、技術構造という視点から、石器群の特徴の変化を整理している。さらに、北方系細石刃石器群と神子柴石器群との関わりについて議論した近年の研究(著者の研究を含む)を引用し、神子柴石器群の起源は先行する尖頭器石器群にあると考えられるため、北方系細石刃石器群と神子柴石器群が一定期間重複するという新たな枠組みから解釈することを提案している。荒屋遺跡では北方系細石刃石器群の古い段階の技術構造に加えて、両面加工石器という新しい要素も認められ、その編年的位置は後期旧石器時代から縄文時代への移行という大きな時代の境目に位置づけられるとする。こうした日本列島内での文化的な変化は、氷期から温暖期への環境変化に対する人類の適応過程であると解説している。 
 「地球のなかで」では、シベリアの細石刃石器群の出現年代や、細石器化が最終氷期最寒冷期のマンモス動物群を対象とした狩猟活動と深く関わるという見解を紹介している。そして、シベリアと北海道における細石刃石器群の出現年代に大きな差はなく、当時大陸と陸続きの半島であった北海道では細石刃化が大陸とほぼ同時に進行したか、細石刃石器群が速やかに流入したとする。本州島における細石刃石器群の出現については、関東・中部以西を主な分布域とする円錐・稜柱系細石刃石器群では北方系よりも古い年代が得られている遺跡が存在することから、その生成を自生とする説が根強くある一方で、近年では大陸からの影響で本州島の細石刃石器群が成立したとする研究があることも紹介された。今後、石器群の分析と放射性炭素年代をさらに積み重ねて議論する必要があるとする。本州島での細石刃石器群の形成や、荒屋遺跡の存在は、北東アジアからアメリカ大陸への人類の大きな移住の歴史と関わる事象でもあると説明している。
 荒屋遺跡は、このように大小様々な視野から歴史を眺めることのできる「歴史の窓」とも言える希有な遺跡なのである、という内容で全体が締めくくられている。
 以上を踏まえて本書の特徴を2点あげておきたい。まず1つめの特徴は、非常に丁寧に旧石器時代の研究方法や考え方の枠組みについて説明されているということである。このため、本書は、荒屋遺跡や北方系細石刃石器群だけでなく、日本列島の旧石器時代研究に関する優れた解説書でもあると感じられた。荒屋遺跡の研究を紹介する中で、製作技術、使用痕、遺構、当時の環境などについてわかりやすく解説している。それに加えて、大小様々な視野から荒屋遺跡に関わる研究を紹介しその意義についても解説している。筆者が最後に述べているように、荒屋遺跡の持つ性格がそれを可能にしているということもあるだろう。ただし、様々な視野から考えてみるということはどのような研究対象に対しても必要なことのように思われる。近年日本列島の旧石器時代研究においては国際化が進展しており、一遺跡や一地域を対象とする場合であっても、世界各地で進められている研究との関わりを意識することが求められている。そのためV章で示された内容は、ある遺跡の持つ意義について、様々な視野から考える際の良い手本になるように感じられた。本書の第2の特徴は、解説書の枠には収まらず、研究書としての性格も備えているということである。本書では、研究動向を整理して研究における新しい解釈や問題提起がなされているからである。遺構の評価をめぐっては新しい解釈が示され、遺跡内での活動内容や旧石器時代末から縄文時代草創期の石器群の関わりなどについては様々な問題提起がなされている。
 本書を読むことによって、日本列島の旧石器時代の研究についてイメージが膨らむに違いない。また読み進める中で、一遺跡の研究からグローバルな広がりをもつより大きな研究へも貢献しうる、という研究の魅力も感じるのではなかろうか。荒屋遺跡や細石刃石器群の研究に興味を持たれている方はもちろん、旧石器時代の研究に興味を持たれている方々にも一読することを薦める。

荒屋遺跡 北陸最大級の細石刃文化の拠点

著書:沢田 敦 著

発行元: 同成社

出版日:2014/09

価格:¥1,980(税込)

目次

1 荒屋遺跡をとりまく研究史
 1 遺跡の発見と第一次発掘調査
 (一)発見から調査に至る経緯
 (二)遺構と年代測定
 (三)舟底形細石刃核と荒屋型彫刻刀
 2 荒屋遺跡発見と細石刃石器群研究の進展
 (一)発見前夜
 (二)二つの細石刃石器群
 (三)湧別技法の提唱
 (四)疑義の提出
 (五)荒屋遺跡の細石刃製作技術
 (六)北方系細石刃石器群の分布論
 (七)荒屋型彫刻刀の形態と分類
 (八)遺跡の評価と限界
 3 第二・三次発掘調査とその成果
 (一)調査の目的
 (二)調査の概要
 (三)調査成果
 (四)調査以降の研究の進展
 4 国史跡指定と第四次発掘調査
2 あきらかになる遺跡の様相
 1 発掘調査の概要
 (一)第一次発掘調査
 (二)第二次・三次発掘調査
 (三)第四次発掘調査
 2 遺跡の立地と周辺の遺跡
 (一)遺跡の位置と立地
 (二)周辺の河岸段丘と遺跡形成時の地形
 (三)遺跡と周辺の微地形
 (四)周辺の遺跡と歴史的環境
 3 層序
 (一)基本層序
 (二)第一次発掘調査における所見
(三)第四次発掘調査における所見
3 遺構からみる遺跡の様相
 1 検出遺構の概要
 2 主要遺構各説
 (一)竪穴住居状遺構
 (二)土坑
 3 遺構検証の必要性と方法
 (一)検証の必要性
 (二)検証の方法
 4 遺構の検証
 (一)属性の検討
 (二)遺構の分布状況と形成過程
 (三)竪穴住居状遺構と土坑14の関係
 (四)検証から見えるもの
4 出土遺物の様相 ― 荒屋遺跡の石器
 1 出土遺物の概要
 2 遺物の出土状況
 (一)第二次・三次発掘調査
 (二)第四次発掘調査
 (三)遺跡全体の状況
 3 細石刃
 (一)細石刃の形態
 (二)石器使用痕分析とは
 (三)細石刃の使用痕分析と機能推定
 4 細石刃製作関連資料
 (一)細石刃核
 (二)細石刃核母型
 (三)細石刃核削片
 5 荒屋遺跡の細石刃製作技術
 (一)削片系細石刃製作技術
 (二)非削片系細石刃製作技術
 6 彫刻刀と彫刻刀削片
 (一)分類と形態
 (二)製作技術
 (三)定義について
(四)機能
 7 その他の石器
 (一)搔器
 (二)削器
 (三)錐器
 (四)鏃形石器
 (五)両面加工尖頭器
 (六)礫器
 8 石器石材
5 一万七千年前のできごと
 1 荒屋遺跡の時代
 (一)荒屋遺跡の年代
 (二)後期旧石器時代のはじまりと終わり
 (三)後期旧石器時代から縄文時代へ
 (四)氷期から温暖期への環境変化
 (五)環境の変化と人類遺跡
 2 遺跡のなかで
 (一)荒屋遺跡の遺構・遺物からみた人類活動
 (二)狩猟か漁撈か
 (三)信濃川、魚野川における河川漁撈
 3 地域のなかで
 (一)荒屋遺跡と地域の遺跡
 (二)遊動と石材消費
 4 列島のなかで
 (一)北海道島における北方系細石刃石器群の変遷
 (二)本州島の北方系細石刃石器群
 (三)細石刃石器群の変遷
 (四)神子柴石器群と細石刃石器群
 5 地球のなかで
 (一)シベリアの細石刃石器群
 (二)本州島における細石刃石器群の形成
 6 「歴史の窓」としての荒屋遺跡