書評コーナー

第22回 2015.02.12

景観考古学の方法と実践
発行元: 同成社 2014/11 刊行

評者:宇佐美 智之 (総合研究大学院大学文化科学研究科博士後期課程)

景観考古学の方法と実践

著書:寺村 裕史 著

発行元: 同成社

出版日:2014/11

価格:¥4,400(税込)

目次

第1部 理論およびデータ処理編
  第1章 考古学における「景観」に関する研究史と方法論
  第1節 「景観」概念の整理と関連諸科学における景観論
  第2節 考古学における景観論 研究史および現状と課題
  第3節 景観考古学とGIS(地理情報システム)
 第2章 デジタルデータの取得と空間データ処理
  第1節 既存データの活用
  第2節 GIS・GPSを用いた遺跡のデジタル測量
  第3節 3Dレーザースキャナを用いた遺跡測量
第2部 実践編 デジタルデータを活用した景観分析事例
 第3章 古墳の立地と眺望に関する景観分析             
  第1節 古墳研究における立地論の現状と課題
  第2節 古墳相互および集落との視認関係に関する分析
  第3節 群集墳の立地に関する景観分析
 第4章 古墳景観の復元と眺望分析 造り出しを題材として       
  第1節 造り出しの付設位置と墳丘景観との関係性
  第2節 「吉備」における造り出しを付設する前方後円墳の眺望分析
 第5章 景観考古学の方法と実践 マクロからミクロまで        
  第1節 考古学における景観研究へのGIS援用の意義 インダス文明期の都市遺跡の空間分析を例に
  第2節 遺跡景観の記録と情報の統合
  第3節 考古学における景観研究の今後の展望

景観研究を飛躍させ、新しい地平を拓く一書

1.背景
 なにげなく本書を手にとった読者は、その表題と中身のギャップに面食らうかもしれない。本書のなかには、カタカナや英字の語句が散りばめられ、みなれない図や表がぎっしりと詰め込まれている。本書はまぎれもなく考古学の研究成果について記されたものであるが、そういった類いの書物としてみるならば、みかけには少々異質ささえ感じられよう。それでは本書はどのような「位置」にあって、いかなる意味と意義をもつのであろうか。私じしん、著者があつかう研究領域に対しても関心をそそぎながら、考古学にかかわる勉強と自らの研究をおこなってきているので、ここではその成果も若干まじえて、これらの問いに対する私なりの考えを示したいと思う。

 著者の寺村裕史氏は、日本列島の古墳時代研究を専門としながらも、研究の射程を幅広くとり、ウズベキスタンやインドなどをもフィールドにして先史・古代社会の考古学的研究をすすめている。対象となる時代も地域もさまざまであるが、本書表題にもある「景観」をキーワードとしてもちい、それらの研究をつなぎあわせている。緻密な個別研究を組みあわせ、よりスケールの大きな研究課題にとりくもうとする姿勢がうかがえよう。こうした立場から、これまで、各地・各時期の遺跡の調査に精力的にたずさわってきた。さらに、最近では若くしてプロジェクト責任者のひとりとなり、発掘や測量などの現場作業を自ら指揮している。
 このようにして経験を豊富につむなかで、著者は、「景観」の問題により深く踏み込んでゆくようになる。学問分野をこえて従来の「景観」研究のあり方を検討したり、「景観考古学」の分野における調査と研究の方法を問いなおしたりしてきた。そして、そこに見出された限界や問題をのりこえるべく、独自の観点から新しいアプローチの検討や実践(事例研究)をこころみつづけている。端的にいえば、そのようなとりくみの内容・視点とその成果を一冊にまとめたものが、本書である。

 著者が本書のなかで提示するアプローチには、近年耳にする機会の多いGIS(地理情報システム)をはじめ、いくつもの情報技術(「デジタル技術」)が組み込まれている。それらこそ、みかけ上の異質さの主たる要因となるものであり、同時に他方では研究の専門性を高め、独自性を生みだす支えとなるものである。ところが、表題にはそれらに関連する専門用語は付されていないし、副題もあたえられていない。ほかの多くのGIS関係の研究書・論文が掲げるタイトルと比べてみれば、本書の場合が例外的であるとわかるであろう。そういった意味では、読者への配慮が不十分であるなどと批判されかねないのではあるが、それは早計であろう。むしろここに、著者の問題意識や研究態度の一端が表れているものと私は考える。

 日本国内で考古学と情報技術との関係を具体的に検討し、一冊の本にまとめたものとしては、加藤晋平・藤本強の両氏が編んだ『考古学と自然科学―5 考古学と調査・情報処理』(同成社、1999年)が、最初のものであったといえる。そこでは、考古学の調査と研究において情報技術をどう利用し、よりよい成果を導くのか、将来的にどういった方向にすすんでゆくべきか、などの点について、多くの鋭い指摘とすぐれた見解が提示された。しかし、そこから15年以上が経過した今、そのような先駆的なとりくみは十分に活かされているであろうか。さまざまな事情があるとはいえ、精査することもなしに情報技術の導入や利用が回避される(あるいは、「ノーコメント」がつらぬかれる)傾向はつよいし、さらにいえば、考古学的課題の検討と情報技術の適用・応用の検討とが、あたかも別世界でおこなわれているかのように実感させられる場合も、しばしばある。
 こういった国内の研究のあゆみと現状の問題をふまえ、本書のなかで著者は、それら両者の検討が不可分のものであること、また、互いを有効にリンクさせうることを、強調する。GISを中心とする情報技術は、本書においては、考古学(景観考古学)の方法のなかに適切に配置され、研究課題へのとりくみを後押しするのである。このことからすれば、本書表題は、今あらためて問われるべき問題――情報技術と考古学との関係の本質が何であるのか――へのまなざしと著者なりのひとつの応答のかたちが表されたものであると、読むことができよう。何らかの専門用語を安易にタイトルにつけ足さないことで、対象となる読者を事前に限定させてしまうことを防ぎ、より多くの人とその問題を共有しようという意図もあるのかもしれない。いずれにせよ、本書が少々変わった体裁をなすようにみえるとはいっても、それがたんに著者の配慮や思慮の不足などに起因するようなものではないことを、私たち読者は了解しておく必要がある。その実、本書の「位置」は、上に示したような先学の重要な研究の延長線上に定められるのであるから。ただし、本書を支えるのがいくぶんことなる問題意識とより力強い研究態度であるということも、覚えておきたい。

2.内容
 本書は2部構成となっており、第1部では「理論およびデータ処理編」(第1章、2章)、第2部では「実践編―デジタルデータを活用した景観分析事例」(第3章、4章、5章)が示される。さっそく「データ」や「デジタル」といった好き嫌いがわかれやすい用語が登場するが、本書には平易な言葉での解説がくわえられているため、読みすすめるうえで大きな弊害は生じないであろう。とはいえ、情報技術関連の知識・理解も時に要求されるのは事実であり、決して簡単な本という意味ではない。本書のなかで著者が紹介する書籍(例:宇野隆夫編『実践 考古学GIS』NTT出版、2006年/古澤拓郎・大西建夫・近藤康久編『フィールドワーカーのためのGPS・GIS入門』古今書院、2011年)も相互に参照すれば、理解をより深めやすくなるであろう。

 さて、ここで次の疑問を解消しておきたい。本書で再三にわたって示される「デジタル技術」(情報技術)や「デジタルデータ」といったものが、どのように本書表題にある「景観考古学」と結びつくのであろうか。第1部第1章で、本書の目的や視点と関連づけながら、著者じしんがこのことに言及している。
まず、著者は研究史をたどりながら、過去の「景観」のありようやその変化を研究すること、また、そこから人間の心の問題を考えることの重要性を力説する。他方、従来の研究では、そういった問題にアプローチするための方法が十分に議論され洗練されてきたわけではなく、それゆえ多くの場合、「景観」の理解が漠然としたものにとどまってしまったり、主観論におちいってしまったりすると指摘する。「景観」を体系的に(かつ定量的な仕方で)とりあつかうべきであることや、そのための方法を確立すべきであることなどが、強調される。そこで著者は、その第一段階として、景観を構成する種々の要素やそれらに対する人間の視線の行方などを「客観的データ」として取得/提示することに、力点をおく。このとき重要な役割をはたすのがGISや各種の「デジタル技術」であると説き、考古学的研究へのそれらの本格的な導入と適用・応用をつうじて、景観研究を次のステージへおしあげようと、企てるのである。こうした発想が、本書が指し示す「景観考古学」の根底にある。

 このことをふまえ、第2章では、実際の調査のなかでいかにそのような「データ」を取得し管理するか、いかなる手順でそれらを活用するか、などの実用面が詳しく検討される。そして、そこでの検討結果をもとに、第3章・4章においては景観分析の具体的なすすめ方などに焦点があてられ、事例研究が展開される。第2章でもそうであるが、これらの論述にあたっては、著者がこれまでに手がけてきた日本列島の古墳時代研究が主に示されることになる。古墳の立地や分布、周辺環境、また個々の古墳からの眺望性などが具体的な分析項目に定められ、著者自身が唱えるところの「古墳景観」の理解が目指されてゆく。題材となる古墳(例:岡山県造山古墳)はもちろんのこと、上に挙げた分析項目自体はなじみのあるものであり、また、定量的手法による丹念な分析がなされているので、論の流れは明瞭である。

 以上の論述をへて、海外での調査と研究の内容を示す第5章(2章とも関連)、そして結語に移る。この結語には、本書の内容のまとめと今後の展望が非常にわかりやすく記述されているので、途中の段階で立ち止まって参照・確認するのもよいであろう。

 本書の意義をより深く考えるうえでも、とりわけ第2章(および第5章)の内容は注目される。それ(ら)が、日本考古学に、またとくに評者のような立場の者(大学院生や若手研究者)に対して、多くの示唆をあたえると思われるためである。実際の現場(調査対象遺跡)でのデータ取得から、デスク上でのGISを中心としたデータ処理・分析まで、その手順や考え方についての、著者自身の経験的・理論的検討をふまえた丁寧な解説がなされていることは、重要である。海外では、本書と関連するようなとりくみが体系的に論じられてきた経緯があるが、日本国内での事情はそれとは大きくことなる。そのなかで本書は、私たちにもなじみのある古墳を主要な対象に、調査と研究のプロセスを全面的に開示しているので、理解を深めやすいし、ひとつの手本ともなるはずである。ただし、それだけではない。本書では積極的に新しい技術・手法が採用されるが、それが著者のこれまでの考古学的調査/研究の経験と知識に裏打ちされていることこそ、特筆されるべき点である。「革新的」な技術・手法を導入する際に忘れてはならないのは、それらが登場するにいたる歴史的・社会的脈絡であり、また、「伝統的」な技術・手法や理論の意義であるといえよう。著者はそれらに精通していることから、新技術・手法の重要性をさかんに強調しても、決して、旧来のそれを無益なものとみなすような真似はしない。これらのことは、本書の意義を明確にうかびあがらせるし、さらに、本書の信頼性を高めることにもつながるであろう。

 他方、逐一の用語の説明などに多くの分量をさかなくてはならなかったので仕方のない面はあるが、私の率直な意見として、第1部における「景観」研究の理論的枠組みの検討、および第3章・4章で示される事例研究の結論、などには物足りなさを感じる。前者については、本書の企図をより鮮明にするという意味でも、よりきめの細かな仕方で研究史を構築し、また、著者自身によるこれまでの理論的検討の成果をもっと提示してもよかったのではないかと考える。後者についていえば、研究のアプローチそのものを際立たせることに力をそそぎ、それに成功していることは評価されるべきと思うが、その反面、事例研究が散発的に展開されているような印象も同時にうけ、本書をつうじた結論の迫力がやや欠けてしまった感がある。景観分析の結果の読み、あるいは本書全体の検討結果の読みを一層充実させ、考古学的な考察・解釈の密度を高めることで、本書のアプローチの可能性と有効性をよりはっきりと提示することにつながったのではないかと、個人的には考える。

 本書の性格上、その評価には賛否両論あるはずである。とはいえ、肯定するか否かにかかわらず、本書が今後の議論の活発化をうながす役割をになうこと、ひとつの指針となることは間違いない。そのような意味では、本書は日本考古学に新しい風をふきこむ著作、すくなくともその原動力となる著作であるといえよう。将来的に、本書をめぐって建設的な検討がさかんになされることを望む。

その他のおすすめ図書について

※六一書房追記 書評中で紹介されている図書を”その他お勧め図書”で紹介させていただきました

景観考古学の方法と実践

著書:寺村 裕史 著

発行元: 同成社

出版日:2014/11

価格:¥4,400(税込)

目次

第1部 理論およびデータ処理編
  第1章 考古学における「景観」に関する研究史と方法論
  第1節 「景観」概念の整理と関連諸科学における景観論
  第2節 考古学における景観論 研究史および現状と課題
  第3節 景観考古学とGIS(地理情報システム)
 第2章 デジタルデータの取得と空間データ処理
  第1節 既存データの活用
  第2節 GIS・GPSを用いた遺跡のデジタル測量
  第3節 3Dレーザースキャナを用いた遺跡測量
第2部 実践編 デジタルデータを活用した景観分析事例
 第3章 古墳の立地と眺望に関する景観分析             
  第1節 古墳研究における立地論の現状と課題
  第2節 古墳相互および集落との視認関係に関する分析
  第3節 群集墳の立地に関する景観分析
 第4章 古墳景観の復元と眺望分析 造り出しを題材として       
  第1節 造り出しの付設位置と墳丘景観との関係性
  第2節 「吉備」における造り出しを付設する前方後円墳の眺望分析
 第5章 景観考古学の方法と実践 マクロからミクロまで        
  第1節 考古学における景観研究へのGIS援用の意義 インダス文明期の都市遺跡の空間分析を例に
  第2節 遺跡景観の記録と情報の統合
  第3節 考古学における景観研究の今後の展望

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