書評コーナー

第27回 2015.05.26

東国における古墳の動向からみた律令国家成立過程の研究
発行元: 六一書房 2015/01 刊行

評者:石橋 宏 (東北大学埋蔵文化財調査室)

東国における古墳の動向からみた律令国家成立過程の研究

著書:小森哲也 著

発行元: 六一書房

出版日:2015/01

価格:¥9,900(税込)

目次

序 章
 第1節 研究の背景と目的
 第2節 研究の方法
第1章 先行研究の整理
 第1節 古墳時代と古代国家形成論
 第2節 評の成立
 第3節 擬制的同祖同族関係
第2章 しもつけ古墳群にみる東国社会の一側面
 第1節 しもつけ古墳群の概観
 第2節 切石使用横穴式石室の編年
 第3節 低位置突帯埴輪
 第4節 群集墳・集落の動向
 第5節 前方後円墳の終焉と終末期古墳
第3章 遺跡・遺物が語る律令国家への道程
 第1節 須恵器生産の開始と神宮寺塚古墳の「塼」敷横穴式石室
 第2節 破壊された石室
 第3節 那須国造碑と『日本書紀』持統紀新羅人東国移配記事
 第4節 立評と西下谷田遺跡そして下野薬師寺の建立
第4章 埋葬施設にみる広域地域間交流の実態とその背景
 第1節 石棺式石室
 第2節 横穴式木室
 第3節 地下式横穴墓
 第4節 「地域間交流論」とその周辺
第5章 東国各地の首長墓の地域相にみる独自性と共通性
 第1節 6〜7世紀における東国各地の首長墓の動向
 第2節 東国各地の最後の前方後円墳と終末期古墳
終 章 古墳時代終末期から律令国家成立期の東国
 第1節 東国からみた6〜7世紀史の素描
 第2節 課題と展望
あとがき
初出一覧

丁寧な先行研究の整理と検討成果の融合が示す東国社会からの国家形成論

 本書は筆者が2013年に國學院大學大学院に提出した博士学位申請論文を基にしたものである。構成は以下の通りである。
序章
第1章 先行研究の整理
第2章 しもつけ古墳群にみる東国社会の一側面
第3章 遺跡・遺物が語る律令国家への道程
第4章 埋葬施設にみる広域地域間交流の実態とその背景
第5章 東国各地の首長墓の地域相にみる独自性と共通性
終章 古墳時代終末期から律令国家成立期の東国
 本書は6〜7世紀の古墳時代後期から終末期の東国を対象として、律令国家成立過程を追及することを目的としている。筆者のフィールドである栃木県南部のしもつけ古墳群を整理し、東国各地の様相と比較し、6〜7世紀の実態究明を行う。単なる地域様相の整理ではなく、古墳時代が国家形成との関わりの中でどのように位置づけられるかという視点を明確にし、東国の様相から帰納的に考える方法をとっている。
 したがって筆者はまず第1章で古墳時代と古代国家形成論及び評の成立についての考古学・文献の学史を丹念に整理する。古典的名著F.エンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』から国家の4指標とその前提について確認し、都出比呂志氏の前方後円墳体制論(初期国家論)の発表(発表1990、紙上1991)を境として戦後の国家論を2期に区分し、古墳時代の位置付けについて整理する。評について文献史学の成果と考古学の成果について乖離する現状を確認し、特に郡司が単一系譜ではなく複数の系譜から輩出されるとの指摘が、古墳時代の首長の複数系列との整合する可能性を述べ、小地域の古墳築造の動向と評の成立についての検討が7世紀の地域史の復元に有効であることを確認する。
  第2章では筆者のフィールドである下野の古墳群について検討を行う。栃木県南部、思川および姿川流域の1・いわゆる墳丘一段目に基壇を持ち、2・前方部に横穴式石室を築造し、3・凝灰岩切石使用の横穴式石室を採用する、しもつけ古墳群に着目し、しもつけ古墳群の独自性と階層性と年代的整理を詳細に行う。しもつけ古墳群は6地域に区分され、6つの首長系譜がたどれる首長連合からなることを明らかにし、墳形・墳丘規模、横穴式石室の構造と規模から前方後円墳4ランク、円墳3ランクの階層性が復元された。県内他地域の古墳群と比較して最も規模の大きい古墳が築造され、県内他地域との優位性が明確であり、集落の分布状況からしもつけ古墳群築造地は墓域と認識されていたことを明らかにする。さらに群集墳の埋葬施設と小型前方後円墳の様相からしもつけ古墳群の影響力を読みとり、古墳群・群集墳の築造基盤である集落の分布と消長の画期との対応を整理する。第1章で問題にした地域首長系譜と階層性の整理に加え、集落と古墳・群集墳の動向まで目配りされており、説得力を持つ。
 第3章では律令形成期にかけての栃木県内の特徴的な遺物と遺構を取り挙げ、地域の動向に言及する。真岡市神宮寺塚古墳の横穴式石室から出土した「塼」を再検討し、初葬の6世紀末に伴う可能性が高いことを示し、近接する南高岡窯跡と関係する被葬者像を提示する。益子町山守塚古墳では横穴式石室構築材と周溝の堆積土との関係から築造後間もなく暴かれた可能性が高いことを指摘する。古墳の破壊行為は被葬者とその系譜を否定することであり、壊律令国家の形成はスムーズに進行したのではないことを遺跡の実態から明らかにしている。横穴式石室を埋葬施設とする古墳は盗掘されていることが多いが、破壊行為にさらされたものも含まれていると考えられ、今後このような視点での慎重な解釈が必要となろう。さらに那須国造碑の碑文や正倉院の下毛野奈須評箭刻銘の箭や那須那珂川町浄の法寺廃寺出土瓦、宇都宮・上三川町周辺で出土する新羅(系)土器や渡来系文物と『日本書紀』持統紀新羅人東国移配記事との関係についての先行研究の整理と検討を行い、特に新羅(系)土器は椀や甑など日常用の生活に密接した土器であることから物<モノの移動>ではなく<ヒトの移動>であることを明らかにし、8世紀前後の下野への新羅人の移配と東アジア情勢の関係について論究している。日常用の新羅土器から渡来人の移動をを読みとり、さまざまな技術を持つ渡来人が西下谷田遺跡のような拠点遺跡(初期官衙)に取り込まれていた実態が丁寧に解き明かされる
 最後に下野薬師寺の造営背景について下毛野氏の動向と考古学的成果(古東山道・渡来系文物の分布・しもつけ古墳群の有力首長系譜)との対応が図れる可能性を示す。6世紀末から8世紀にかけて須恵器窯の導入とその被葬者像の提示、古墳破壊行為による地域社会の集団の揺籃、渡来(系)文物出土背景、下野氏の動向と薬師寺造営と、遺物・遺構から律令国家形成にいたる地域社会の実態が多角的に明らかにされる。
 第4章では地域間交流論の視点から、特に下野で確認された在地に系譜を持たない埋葬施設(石棺式石室・地下式横穴・横穴式木芯粘土室)について検討を行う。先行研究の整理を丹念に行い、一定の基準で埋葬施設の諸要素を整理して比較を行う。これにより石棺式石室の項では出雲・伯耆・肥後の石棺式石室と下野の石棺式石室の間には現段階で直接的に影響しあう様相を確認できず、設計や施行を担う個人あるいは集団の移動を伴う相互の直接交流はなかったという重要な指摘を行っている。横穴式木室の検討でも同様に一定の基準で整理を行い、6世紀前葉の火化しない東海地方発の流れと6世紀後葉の火化を伴う近畿地方発の流れがあることを明らかにし、その情報発信と各地の事例の形態と選択的に合流し、複雑な様相を生み出したとする。特に関東の事例は遠江の事例に近い様相が確認され、栃木県南部の横穴式石室に確認できる東海系の要素とも整合的であることを述べる。埋葬施設の交流では、どのレベルで情報が伝達しているのか、一定の基準を示した客観的な検討方法の構築が必要であり、筆者の問題提起と検討法とその成果に学ぶことは多い。
 こうした埋葬施設の検討に加え、地域間交流論からの国家成立過程についての研究史を整理し、特に交流が社会の複雑化に大きな役割を果たすという点に重点を置き、遠隔地に運ばれた埴輪や埋葬施設の石材から地域間交流(政治的ネットワーク)が相互承認のもと成立しており、物資や人が移動する道路について豪族居館と推定東山道、馬具出土古墳の分布など先行研究の成果から、地域間交流論の前提となる幹線道路網が5世紀中葉には整備されていたことを論究する。九州や東海など畿内を介さない継続的交流も含め重要な論点について触れ、地域側(受容側)の実態についても説明されるが、5世紀後半と以後の交流の変化(拡大)が幹線道路の整備は勿論、社会変化にもあるのか、どのような背景を想定するのかは、筆者も慎重に手続の必要性を述べるように、今後も重要な課題であろう。
 第5章では6〜7世紀における東国各地の首長墳の断続と墳形転換に着目し、以下のように分類する。
A類 集成編年8期から9期に築造を開始し、以後途切れることなく古墳が築造され、終末期古墳の墳形(方墳・円墳→方墳・円墳)よりA1、A2とA3と細分する。
B類 集成10期に大規模な最後の前方後円墳が築造され、以後方墳が築造される地域。
C類 集成10期に古墳の築造が開始されるが、継続せず空白期をおいて横口式石槨を内部主体とする円墳・上円下方墳が築造される地域。
 A類は地域の階層化と首長権の継承システムが自律的に進行した地域で、しもつけ古墳群の基壇・前方部石室・切石石室など、その群における共通の葬送儀礼が顕在化し、継承されることに特徴があり、B類とC類は中央の働きかけに各地域が対応するかたちで、他律的に経営された地域と大別できる可能性があり、B類に屯倉や小国造、C類に立評などの背景を推察する。東国の代表的な古墳群の前方後円墳の終焉と墳形転換がモデル化され、その共通性と地域性が地域の首長連合の在り方と畿内首長連合との関わり方により説明できるという重要な見解を提示する。6世紀後半から7世紀にかけての地域首長の動向は複雑であり、分類と整理により各地との比較検討が可能となった。今後筆者の成果を踏まえて、その成否も含め、枠組みを広げることが読者も含め重要な課題であろう。
 終章では古墳時代の首長連合政権について和田晴吾氏の首長連合体制モデル、C.ギアツのインドネシアバリ島の<地位沈降の原理>、M.D.サーリンズの首長国の組織の父系・長子相続を基本とする広範囲の共通出自集団である円錐形クランのモデルを参考に、しもつけ古墳群の検討成果を基礎として、古墳からみた畿内と東国の社会構成の変遷モデルを提示する。復元された社会構成はサーリンズの首長制社会の円錐形クランと類似する点が多いことを認めるが、経済構造の究明に課題があるとする。
 そして古代国家形成論との関わりで10の論点を挙げ、検討成果を踏まえながら5世紀後半に画期を認め、それ以前を首長制社会、以後を初期国家と認める和田氏の論に賛同し、5つの画期(階梯)を踏まえて律令国家形成に至ると理解を示し、5世紀後半の首長制の到達点である連合体制を基盤とする初期国家システムをその枠組みに取り込んだことに最大の特色があるため、共通性と独自性をあわせもつものであると結語する。
 なお筆者は第1章にて用語の定義も丁寧に配慮しており、擬制的同祖同族関係に関わる学史について整理し、この用語が考古学の分野で自明のことのように便利にかつ安易に使用されてきたことを指摘し、前方後円墳の築造契機と終焉はより政治的な関係を表し、埋葬施設の地域性にみる紐帯の背景はともかくとして、中央と地方にみる古墳築造の背景を擬制的同祖同族関係として考古学的に説明できない領域であるとして、本書では擬制的同族関係について使用しないと明言している。古墳時代の研究者の中で先学の理解を引き継ぎ、前提として擬制的同祖同族関係を使用してきたことに警鐘を鳴らしている。評者もその一人であり、重く受け止めたいが、筆者の検討成果から見る古墳時代像は擬制的同祖同族関係の概念と親和的に受け取れる部分があるように感じた。
 以上、本書は栃木県南部のしもつけ古墳群の詳細な検討を基礎として、東国の地域首長の連合体制と終末期古墳の築造を経て律令国家に至る過程が、各地の地域性と共通性、その背景を踏まえた社会構成モデルの復元を通して論究されている。国家形成論の学史を踏まえ、一貫した目的に沿って論証され、先行研究の丁寧な整理による現在の到達点と、緻密な検証による検討成果との融合が示されており、説得力の富む結論を導いている。古墳時代から律令国家への道程は、複雑でさまざまな摩擦があり、その道筋も多様であることは論をまたないが、その解明に向けて本書の果たす役割は非常に大きいと言える。ぜひ多くの方にお薦めしたい。

東国における古墳の動向からみた律令国家成立過程の研究

著書:小森哲也 著

発行元: 六一書房

出版日:2015/01

価格:¥9,900(税込)

目次

序 章
 第1節 研究の背景と目的
 第2節 研究の方法
第1章 先行研究の整理
 第1節 古墳時代と古代国家形成論
 第2節 評の成立
 第3節 擬制的同祖同族関係
第2章 しもつけ古墳群にみる東国社会の一側面
 第1節 しもつけ古墳群の概観
 第2節 切石使用横穴式石室の編年
 第3節 低位置突帯埴輪
 第4節 群集墳・集落の動向
 第5節 前方後円墳の終焉と終末期古墳
第3章 遺跡・遺物が語る律令国家への道程
 第1節 須恵器生産の開始と神宮寺塚古墳の「塼」敷横穴式石室
 第2節 破壊された石室
 第3節 那須国造碑と『日本書紀』持統紀新羅人東国移配記事
 第4節 立評と西下谷田遺跡そして下野薬師寺の建立
第4章 埋葬施設にみる広域地域間交流の実態とその背景
 第1節 石棺式石室
 第2節 横穴式木室
 第3節 地下式横穴墓
 第4節 「地域間交流論」とその周辺
第5章 東国各地の首長墓の地域相にみる独自性と共通性
 第1節 6〜7世紀における東国各地の首長墓の動向
 第2節 東国各地の最後の前方後円墳と終末期古墳
終 章 古墳時代終末期から律令国家成立期の東国
 第1節 東国からみた6〜7世紀史の素描
 第2節 課題と展望
あとがき
初出一覧