書評コーナー

第28回 2015.09.01

中国江南六朝の考古学研究
発行元: 六一書房 2014/11 刊行

評者:日高 慎 (東京学芸大学教育学部准教授)

中国江南六朝の考古学研究

著書:藤井康隆 著

発行元: 六一書房

出版日:2014/11

価格:¥8,250(税込)

目次

序 章 中国の南と北
第I部 南北朝陵墓の世界
 はじめに
第1章 江南六朝の帝王陵墓
 はじめに
 第1節 東呉の帝陵と皇族墓
 第2節 東晋の帝陵
 第3節 南朝の帝陵と皇族墓
 第4節 江南六朝陵墓の特徴
第2章 華北中原の陵墓とその特徴
 第1節 曹魏・西晋の陵墓
 第2節 北魏の帝陵
 第3節 東魏・北斉の帝陵
 第4節 西魏・北周の帝陵
第3章 陵墓の外部空間
 第1節 江南六朝墓の墓室外空間の特徴
 第2節 南北の陵墓の外部空間
 小   結
第4章 東晋南北朝墓の墓室空間
 第1節 東晋南朝墓の墓室形式の問題点
 第2節 凸形墓の出現背景にかんする再検証
 第3節 墓室の性格と空間概念
 第4節 東晋南朝の墓室空間
 第5節 十六国北朝の墓主画像
 第6節 墓主をめぐる墓室空間の構造
 小   結
 第II部 晋式帯金具の研究
第5章 晋式帯金具の研究史
 第1節 「晋式帯金具」の発見と名称
 第2節 晋式帯金具の性格
 第3節 晋式帯金具の製作地と製作動向
 第4節 材質と古代科学技術史をめぐる論争
第6章 晋式帯金具の製作動向
 はじめに
 第1節 晋式帯金具の部分名称
 第2節 晋式帯金具の文様
 第3節 晋式帯金具の製作技術
 第4節 晋式帯金具の編年
 第5節 晋式帯金具の製作動向
 小   結
第7章 三燕の帯金具をめぐる問題
 はじめに
 第1節 中国東北部の帯金具概観
 第2節 三燕における帯金具の新例
 第3節 遼寧における帯金具の変遷
 小   結
第8章 晋式帯金具の造形意匠と思想規範
 はじめに
 第1節 新資料の紹介
 第2節 晋式帯金具における二つの様相
 第3節 晋式帯金具の受容と展開―遼寧の様相から
 第4節 晋式帯金具の思想的規範
 小   結
第9章 晋式帯金具の成立背景
 はじめに
 第1節 東呉薛秋墓の概要
 第2節 東呉薛秋墓出土帯金具の特徴
 第3節 東呉薛秋墓帯金具と晋式帯金具
 第4節 晋式帯金具の諸系統と製作動向
 第5節 晋式帯金具の拡散とその背景
第III部 両晋南北朝の金属工芸
第10章 六朝の「龍」の造形について 
 はじめに
 第1節 六朝期の「龍」三例
 第2節 「龍」の図像の造形と表現
 第3節 「龍」の造形と文物の広がり
 小   結
第11章 5世紀の日本出土帯金具と中国
 第1節 5世紀の金属工芸と帯金具
 第2節 製作技法の概要
 第3節 5世紀における日本出土帯金具の製作地
 小   結
第12章 中国南朝前期の金属工芸
 第1節 六朝金属工芸にかんする問題の所在
 第2節 中国南朝前期の金工
 第3節 中国南朝前期の金工技術と生産
第13章 東晋南朝の金属工芸と十六国
 はじめに
 第1節 東晋南朝の金属工芸の動向
 第2節 晋式帯金具の展開
 第3節 文冠飾の模倣
 第4節 東晋の金属工芸の波及
結   語
ま と め
結論と課題

日本列島の古墳時代研究に対する比較考古学研究を推進する必携の書

 名古屋市博物館学芸員の藤井康隆さんの著書が刊行された。題名は『中国江南六朝の考古学研究』であり、その内容は文字通り中国考古学の研究領域に属するものである。題名にある六朝とは、「中国で、後漢滅亡後、建業(南京)を都として江南に興亡した六つの王朝。三国の呉、東晋、南朝の宋・斉・梁(りよう)・陳の総称。時期は魏晋南北朝時代に並行する。」(大辞林第三版 三省堂より)である。魏晋南北朝時代とは日本列島の古墳時代にほぼ並行し、中国隋王朝の成立以前だから、日本列島で前方後円墳が築造されていた時代といえよう(隋王朝の成立後も地域によっては前方後円墳を築造しているけれども)。つまり、日本考古学の領域でも、こと古墳時代を研究している者は注視しておかなければならない領域・時代なのである。実際、藤井さんも第III部第11章において日本と中国の帯金具の比較研究を行っている。
 評者は日本列島の古墳時代を中心に研究を行ってきた者なので、本書の中国江南地域の陵墓について、その詳細を理解し評するのは難しい。本書を読んだ感想の域を出ないことをご了解いただきたい。本書は第I〜III部の13章と序章・結語からなる構成となっている。それぞれの章ごとに論評を加えるのではなく、まとめて論述していきたい。
 第I部は南北朝陵墓の世界とされ、それぞれの時期の墓室について、その詳細を紹介した上で共通点と変遷を述べている。評者が興味をそそられたのは、第3章の南北の帝陵における外部空間である。I類は南朝のもので、自然の丘陵を利用してつくられた陵墓、長い神道と入り口部周辺に石獣など、垣根の存在により陵園を形成している。II類は北魏のもので、墳丘の下に墓室をかまえ、長大な斜坡墓道があり、神道の両側には石人などを配置し、陵墻により陵園を形成している。III類は北斉のもので、墳丘の下に墓室をかまえ、長大な斜坡墓道の両壁に壁画が描かれ、神道の両側には石人などを配置しており、陵墻は未詳だが広大な陵園が存在していたことは間違いない。IV類は北周のもので、陵墻はなく明確な陵園の区画をもたないが、長大な斜坡墓道が存在する。
 藤井さんは南朝帝陵と北朝後期帝陵とに質的な差異を見出し、北朝後期帝陵における長大な斜坡墓道や壁画、神道両側の石人などは、陵園で挙行される壮大な喪葬儀礼とともに対外部的に「見せる」ことを意識していたものであると考えている。石刻については、南朝帝陵では石獣・華表・亀趺石碑であり、北朝後期帝陵では官吏・武将などの石人を多く用いている点など、それぞれに異なる性格・思想背景があったと考えている。
 評者はかつて、茨城大学の茂木雅博先生が企画した前漢・唐代の帝陵の測量調査に参加したことがある。そこで、神道両側に立て並べられた石人・石獣・華表などを目の当たりするととともに、周りを取り囲む陵墻や門闕などから、陵園全体が陵墓の儀礼空間をつくり上げていることを知った。3世紀から7世紀にいたる日本の古墳時代において、陵園は存在するのか。歴代の首長墓が築造されながら大規模な古墳群として形成された佐紀古墳群や古市古墳群・百舌鳥古墳群が計画的に造墓されたのであれば、古墳および古墳群の範囲とはいかなる広さのものであったのか。古墳時代の形象埴輪と中国帝陵の石人・石獣などとは関わりがないのか。など等、中国の地で思いを巡らしたことがある。古墳時代研究の同時代史としての中国南北朝陵墓研究からその多くを学ばなければならない。
 墓室空間において帷帳が設置されている事例は、菅谷文則氏や村田文夫氏が明らかにした日本列島の横穴式石室内部で稀に見られる鉄鉤によって垂下された天蓋・垂帳、布帛などを想起させる。果たして両者に関係があったのだろうか。
 墓室の器物配置については、東晋南朝墓における座位の人がもたれ掛かる凭几の存在は墓主を強く意識した器物であり、その他の隨葬品が墓主の視界という配置原理でなされていたとの解釈は説得的である。
 墓主画像は東漢魏晋十六国期においては、棺の位置と異なる場所に描かれているようであり、それは遺体と霊魂の表象の視界を共有することを互いに忌避する必要があったからだとする。隨葬品もそれぞれの場所に別個に置かれていることからも首肯される意見であろう。中国の魂・魄という思想を色濃く反映したものといえるだろう。一方、北魏の墓主画像は墓室の正壁に描かれ、その手前に棺が置かれる。すなわち、墓主画像が棺との関係に基づいて描かれるわけである。
 第II部は晋式帯金具の研究とされ、鏨彫り技法に着目して変遷と製作系列の存在を示す。晋式帯金具が、単系列で製作されていたものではないことを示した点で極めて重要である。また、近年帯金具のみならず、金銅製馬具などにおいても日本列島の初期馬具との関わりから注目されている三燕の帯金具について考察を進める。三燕の帯金具は、まず晋式帯金具の流入と、その比較的忠実な模倣品製作から始まるとし、新しい段階になると中国製晋式帯金具にみられない特徴を有する資料もでてくる。これらを遼寧で模倣製作された「遼寧型」の晋式帯金具とした。さらに、遼寧地域では草葉文帯金具を生み出し、それが高句麗にも波及した。日本列島でも兵庫県姫路市宮山古墳で草葉文帯金具が出土している。
 晋式帯金具の成立に関しては、A系列につながるものが三国期の東呉に存在する。それを「江南系」と呼んでいる。B1系列につながるものとして、曹魏の曹休から出土した資料をもとに「中原系」として認識できる可能性を指摘した。遼寧型を含めてそれぞれが別個に成立したものではなく、東漢以降に製作技法の伝播や文様の造形的特徴の影響、晋式帯金具の影響などを経て展開していく。第80図に示された製作系譜は非常に分かりやすい。
 日本列島においては、5世紀前半から中ごろの透彫雲気禽獣文帯金具、5世紀後半から末ころの浮彫禽獣文帯金具ともに中国製と考えており、製作時期とほぼ同時期に中国から日本列島にもたらされたとみている。それは、5世紀前半すなわち北魏平城期ないし劉宋の武帝・文帝期であり、5世紀後半は劉宋孝武帝から順帝期に相当する。このような2種類の中国製帯金具が時期を交替するように東方(朝鮮半島や日本列島)に広がった背景として、劉宋の統治体制の変化が考えられるという。日本列島の帯金具については、倭製、朝鮮半島製といった説があったが、中国の資料をも渉猟した藤井さんの中国製説は説得力を持つものと思われる。評者にはその当否を論評する能力はないが、今後議論が深まることを期待したい。
 中国南朝前期の金属工芸、あるいは東晋十六国期の金属工芸などを論じた本書終盤の論拠をみるにつけ、中国の技術や文様、工人までもが、北朝はもとより朝鮮半島や日本列島へと流出した可能性は極めて高いと感じられた。日本考古学を標榜している研究者が陥りがちな日本という現在の国家内での考古学情報によって理解しようとすることが、いかに現実の動向とはかけ離れた結論に至っているのか、そら恐ろしくも感じられるのである。国民国家という枠組みが意味をなさないことを藤井さんの著作は示しているし、相互理解の具体的資料を示す好例ともいえよう。考古学が本来目指すべき方法論を端的に示していると評価したい。
 以上、藤井康隆さんの著書について評論を進めてきた。もとより評者は日本考古学、特に古墳時代を中心に調査・研究しているので、本書を評するにはいささか研究領域が異なっていることは否めないし、中国考古学にもそれほど明るいわけではない。藤井さんの意図とは異なる誤読をしていることを恐れるが、日本考古学を専門領域としている研究者が、常に意識しておかなければならないのが東アジア歴史世界の動向である。具体的には朝鮮半島、中国大陸、さらには北東アジア地域である。もちろんつながりを考えれば、南アジア、西アジア、地中海世界、さらにはヨーロッパへと研究の対象は広がっていくはずである。評者の大学時代の恩師が、「日本列島の考古学を専門に扱っている者でも、少なくとも東アジアに目を向けなければならない」と常々言っていたことを思い出す。物質資料を扱う考古学は、ことさら比較考古学という名称を使わずとも本来的に比較の学であることは言を俟たない。
 本書に注文をつけるとすれば、南北朝陵墓の位置関係が分かる図がほしかった。年代や地域を越えて論述する本著作を、専門領域を違えた読者が見たとき、地理的環境を示すことでもっと分かりやすくなるはずである。また、索引があるとより理解が深まるはずである。日本列島を研究対象にしている読者が、耳慣れない用語や遺跡の説明を遡って検索することができると思われるからである。いずれにせよ、そのような点は藤井さんの本著作の内容をいささかも損ねるものではない。中国考古学の研究者のみならず、日本考古学を専門領域にしている研究者に対しても本書を推薦し、東アジア歴史世界の濃密な交流の有り様をぜひ堪能してもらいたい。

中国江南六朝の考古学研究

著書:藤井康隆 著

発行元: 六一書房

出版日:2014/11

価格:¥8,250(税込)

目次

序 章 中国の南と北
第I部 南北朝陵墓の世界
 はじめに
第1章 江南六朝の帝王陵墓
 はじめに
 第1節 東呉の帝陵と皇族墓
 第2節 東晋の帝陵
 第3節 南朝の帝陵と皇族墓
 第4節 江南六朝陵墓の特徴
第2章 華北中原の陵墓とその特徴
 第1節 曹魏・西晋の陵墓
 第2節 北魏の帝陵
 第3節 東魏・北斉の帝陵
 第4節 西魏・北周の帝陵
第3章 陵墓の外部空間
 第1節 江南六朝墓の墓室外空間の特徴
 第2節 南北の陵墓の外部空間
 小   結
第4章 東晋南北朝墓の墓室空間
 第1節 東晋南朝墓の墓室形式の問題点
 第2節 凸形墓の出現背景にかんする再検証
 第3節 墓室の性格と空間概念
 第4節 東晋南朝の墓室空間
 第5節 十六国北朝の墓主画像
 第6節 墓主をめぐる墓室空間の構造
 小   結
 第II部 晋式帯金具の研究
第5章 晋式帯金具の研究史
 第1節 「晋式帯金具」の発見と名称
 第2節 晋式帯金具の性格
 第3節 晋式帯金具の製作地と製作動向
 第4節 材質と古代科学技術史をめぐる論争
第6章 晋式帯金具の製作動向
 はじめに
 第1節 晋式帯金具の部分名称
 第2節 晋式帯金具の文様
 第3節 晋式帯金具の製作技術
 第4節 晋式帯金具の編年
 第5節 晋式帯金具の製作動向
 小   結
第7章 三燕の帯金具をめぐる問題
 はじめに
 第1節 中国東北部の帯金具概観
 第2節 三燕における帯金具の新例
 第3節 遼寧における帯金具の変遷
 小   結
第8章 晋式帯金具の造形意匠と思想規範
 はじめに
 第1節 新資料の紹介
 第2節 晋式帯金具における二つの様相
 第3節 晋式帯金具の受容と展開―遼寧の様相から
 第4節 晋式帯金具の思想的規範
 小   結
第9章 晋式帯金具の成立背景
 はじめに
 第1節 東呉薛秋墓の概要
 第2節 東呉薛秋墓出土帯金具の特徴
 第3節 東呉薛秋墓帯金具と晋式帯金具
 第4節 晋式帯金具の諸系統と製作動向
 第5節 晋式帯金具の拡散とその背景
第III部 両晋南北朝の金属工芸
第10章 六朝の「龍」の造形について 
 はじめに
 第1節 六朝期の「龍」三例
 第2節 「龍」の図像の造形と表現
 第3節 「龍」の造形と文物の広がり
 小   結
第11章 5世紀の日本出土帯金具と中国
 第1節 5世紀の金属工芸と帯金具
 第2節 製作技法の概要
 第3節 5世紀における日本出土帯金具の製作地
 小   結
第12章 中国南朝前期の金属工芸
 第1節 六朝金属工芸にかんする問題の所在
 第2節 中国南朝前期の金工
 第3節 中国南朝前期の金工技術と生産
第13章 東晋南朝の金属工芸と十六国
 はじめに
 第1節 東晋南朝の金属工芸の動向
 第2節 晋式帯金具の展開
 第3節 文冠飾の模倣
 第4節 東晋の金属工芸の波及
結   語
ま と め
結論と課題