書評コーナー

第33回 2016.11.21

国指定史跡カリンバ遺跡と柏木B遺跡
発行元: 同成社 2016/10 刊行

評者:西田 茂 (前(財)北海道埋蔵文化財センター第2調査部長)

国指定史跡カリンバ遺跡と柏木B遺跡

著書:上屋 眞一・木村 英明 著

発行元: 同成社

出版日:2016/10

価格:¥8,470(税込)

目次

序 章 「死への祈り」と「おしゃれ」の起源
 第1章 赤い漆塗り帯集団のカリンバ遺跡と石棒集団の柏木B遺跡
 第2章 赤い漆塗り帯集団の埋葬とおしゃれ
      ―カリンバ遺跡の発掘調査―
  I 発見された土坑墓―他界への旅立ちの手順と土坑墓の規格
  II カリンバ遺跡の副葬品―装身具と祭具
  III 多数の被葬者がねむる合葬墓と身を包む色鮮やかな装身具
  IV 身体を彩る装身具のいろいろ
  V カリンバ遺跡の漆工と階層社会
 第3章 石棒集団の埋葬と祭儀 ―柏木B遺跡の発掘調査―
  I 竪穴式集団墓と土坑墓群(環状土籬・周堤墓)
  II 第II地点の群集墓とその他の遺構
  III 出土土器から探る埋葬墓の変遷
  IV 柏木B遺跡における集団墓の構造
 第4章 竪穴式集団墓の成立と崩壊
      ―石棒集団から赤い漆塗り帯集団へ ―
  I 「環状石籬」と「環状土籬」
  II 竪穴式集団墓の成立と崩壊
 終 章 変動しつつある社会をまとめる石棒の持ち主と
      女性シャーマンの登場

カリンバ、柏木Bふたつの遺跡の詳細な記録と分析。発掘を経て考えてきたことの展開。

 本書は、恵庭市のカリンバ遺跡と柏木B遺跡の発掘調査を担った著者ふたりが、調査記録を再編し解釈、考察を行ったものである。内容豊富な縄文墓制の遺跡なので、多大の内容が盛り込まれ、論点も多岐にわたる。内容の概略については「目次」の全体を見ていただくことにして、本書の構成の順に従って紹介する。その構成は以下の通りである。なお、多彩な内容が含まれるCOLUMNにも興味が及ぶが、ここでは省略する。

序章 「死への祈り」と「おしゃれ」の起源
 1 人類は何故、死者を埋葬するのか?
 2 「かざり」の奇想と執着―おしゃれ
第1章 赤い漆塗り帯集団のカリンバ遺跡と石棒集団の柏木B遺跡
 I カリンバ遺跡と柏木B遺跡の位置
 II カリンバ遺跡の発見とカリンバ・柏木B両遺跡の発掘調査
 III 遺跡にみられる地層
第2章 赤い漆塗り帯集団の埋葬とおしゃれ―カリンバ遺跡の発掘調査―
 I 発見された土坑墓―他界への旅立ちの手順と土坑墓の規格―
 II カリンバ遺跡の副葬品―装身具と祭具―
 III 多数の被葬者がねむる合葬墓と身を包む色鮮やかな装身具
 IV 身体を彩る装身具のいろいろ
 V カリンバ遺跡の漆工と階層社会
第3章 石棒集団の埋葬と祭儀―柏木B遺跡の発掘調査―
 I 竪穴式集団墓と土坑墓群(環状土籬・周堤墓)
 II 第II地点の群集墓とその他の遺構
 III 出土土器から探る埋葬墓の変遷
 IV 柏木B遺跡における集団の構造
第4章 竪穴式集団墓の成立と崩壊―石棒集団から赤い漆塗り帯集団へ―
 I 「環状石籬」と「環状土籬」
 II 竪穴式集団墓の成立と崩壊
終章 変動しつつある社会をまとめる石棒の持ち主と女性シャーマンの登場

 はじめに、本書が成り立っていく歴史的経過の概略、私の立場を説明しておきたい。思い返せば列島の各地で「遺跡保護・保存」の動きが大きく顕在化したのは、1960年代からであり、これらの社会情勢を受ける形で文化財保護法の改正(1975年)がなされ、今日に至る。法律が整備され、多くの考古学徒がこのような社会関係のなかで仕事をしてきた。私が(財)北海道埋蔵文化財ンセンターの一員となったのは、1979年10月のことで、カリンバ遺跡以降、ユカンボシ遺跡までのほぼ全過程を見学する機会に恵まれた。
 かつての考古少年が、自分が直面した遺跡のことを、繰り返し考えてきた成果が本書である。もしあなたが、考古学の遺跡や遺物に興味・関心があってそれに関係する職場をこれからの人生に探し求めているのであれば(学生、院生)、文化財保護法などの法律も深く理解しなくてはなりませんし、考古学の謎を探し求め、解き明かす情熱を抱き続けなければなりません。ここの著者の木村、上屋の両氏は大学入学前からの「考古少年」で、調査の進め方や出土した遺構・遺物の詳細な記載でお分かりのように、その情熱が溢れ出ています。「現場主義」の感性こそ、大いに学ぶべきところかもしれません。「遺跡オタク」「古墳オタク」(すでに死語かな)で職を得られる時代は過ぎ去ったとも言われますが、貴重な文化遺産をいかに活用していくか、遺跡・遺物に真摯に向き合う人材はまだまだ必要とされています。本書は、将来を担う若き学徒にはもちろん、考古学に興味を寄せる市民の皆様にもこれまでにない新たな世界がたっぷりと提供されていると言えましょう。次世代の研究者の育成に力を注いでいられる大学の教職にある方々、あるいは調査組織(国、都道府県、市町村、民間)の要路の方々へは、それぞれでの組織の図書室の書棚に備えていただけるにふさわしい書として推薦申し上げたい。

 序章、人類は何故、死者を埋葬するのか?という問い、また「かざり」「おしゃれ」について現生人類という時間幅の考察・問題意識の表示は鮮明である。露語文献を多用しての展開は著者ならではのもの。
 第1章、カリンバ遺跡と柏木B遺跡の発掘調査に至る経過と結果。
 第2章、カリンバ遺跡の調査記録から「赤い漆塗り帯」集団というとらえ方へ、読者を導いていく。Iは本書で扱う土坑墓のことがわかりやすく取りまとめてあり、36の土坑墓が三類型に分けてある。土坑墓の砂利マウンド、ベンガラがカラー表現により、その実態が理解しやすい。このベンガラ、砂利・盛土層、供献品は埋葬の手順、様式を読み取る素材(原資料)なのである。なかでも135号土坑墓は、漆塗り櫛、サメ歯、連珠の首飾りの検出位置関係から判断して「往時の装身具の姿を具体的に物語る貴重な例」(図85の装着推定)と記してある。
 IIでは、副葬品を装身具と祭具とに分けて、単葬墓を解説する。石棒とベンガラとは共伴しないのである。IIIは本書の根幹をなす合葬墓の解説である。30号、118号、119号、123号のひとつひとつを、歯や装身具の検出状態をもとに遺体の数を推定し、各人の装身具を確定していく。それをもとに描かれる想定復元図は、読む者の理解を助ける。墓坑底のベンガラ、埋め土の状態、遺物のまとまりなどから同時埋葬が説かれる。墓坑底からの布目痕検出も説明される。IV2の連珠の首飾り部分は、もとより135号土坑墓の検出状態の観察から得られた見解であり、この書籍全体に通底する控えめな結論なのである。玉に関しては、諸分析(方法)の進展により素材の確定が進んできた時代状況をよく反映している。さらに勾玉と呼ばれるものは、私の学生時代にも「縄文時代からあり、古墳時代に多く見られるもの」という理解が大方であったのだが、カリンバ遺跡では「勾玉」が多数出土している。
 Vの「階層社会」への説明はわかりやすい。まず土器の特色説明であり、続いて「カリンバ」型の漆塗り櫛である。これは列島規模での視点であり、今後の比較検討が待たれる部分である。被葬者が女なのか、男なのか、人骨片が痕跡的にしか残らぬ難しい条件の中で抑制的ながら推論を展開し、新たな世界を提示する。そして本書の論理的出発点である装身具の装着推定である図83・84は、縄文的顔貌で控えめな提示もさることながら、Totoyakaraのサインがあり、すべて鮮明で美しい。見るものをして驚嘆させずにはおかない。結び部分では合葬墓は同時期埋葬であることを強調し、殉死者の可能性に軽くふれて終わる。
 第3章のIとIIは柏木B遺跡の調査記録である。竪穴式集団墓(環状土籬、周堤墓)の発掘がどのように進んでいったのかが、よく分かる。「柱状節理の角柱礫」はもちろん、検出の様子、出土遺物に関する説明は、図・写真を配して必要にして十分になされている。従前の報告書ではあまりの遺物の豊富さ故になかなか引用されることはなかった1106号土坑墓の「人面付き注口形土器」は、今後の研究者の心をとらえることであろう。1113号土坑墓の「大型石斧」など今後の列島規模での集成が、新しい読み取りをもたらすであろう。このような注釈を加えていけばキリがないが、図113の写真は、「第1号竪穴式集団墓」の様子をよく表現している。キリがないと言いながら2004号土坑墓の石棒に触れないわけにはいかない。ここに詳細な展開はしないが、24本の線刻が認められており、私は一年間(二四節気)に関連するモノではないかとみている。
 第1号〜第5号竪穴式集団墓の後には、「列状群集墓」の記録である。「列状群集墓」の北への広がり(240ページ)を読めば、広大な墓域のごく一部が調査対象区域であったことが理解される。当時の北海道での遺跡保護状況を物語るものである。さらに、この「列状群集墓は」環状の一部なのであり、「盛土遺構」の可能性が明記してある。「太くて深い柱穴群」の理解・評価は、千歳市キウス4遺跡の調査例を参考にしており、妥当なものである。
 IIIは出土土器をもとにした墓の変遷である。後期後葉〜晩期前葉の土器編年について詳細な展開がなされる。以上の前提操作を踏まえてIVで集団墓の構造が述べられる。「竪穴式集団墓」の用語を使い、多様な観点からの分析が進んでいく。図181で示される土坑墓の新旧関係は調査時の詳細な観察がもたらす成果である。地上標識(墓標)、ベンガラ、石棒などの意味するところが語られる。
 第4章は、本書の副題にしてある「石棒集団から赤い漆塗り帯集団へ」の考察である。1978年の柏木B遺跡の発掘調査以降に蓄積された多くの調査例、諸氏の論考を検討しての自説展開で、熱のこもった粘り強い論説部分である。
 終章は、「変動しつつある社会をまとめる石棒の持ち主と女性シャーマンの登場」と題してある。詳細な土器の編年、竪穴式集団墓の形成順序を推定するなかから「石棒の持ち主」から「漆製品を多く持つ女性シャーマン」への時間的順序が説明される。そこに著者は「変動しつつある社会」「緩やかながら階層化社会の歩み」をみ、カリンバ遺跡の合葬墓は階層化の何よりの表れと説く。
 この40年間ほどの、北海道各地での広い範囲を掘りつくす発掘調査の見聞からしても納得できる見解であり、竪穴式集団墓の理解には、「階層化」「階層社会」という語句は有効、かつ適切な概念である。「階層社会」の議論の材料を取り集めた本書が良書なので広く薦めるゆえんである。
               (2016年11月16日、出水市の上場高原を散策した日に)

国指定史跡カリンバ遺跡と柏木B遺跡

著書:上屋 眞一・木村 英明 著

発行元: 同成社

出版日:2016/10

価格:¥8,470(税込)

目次

序 章 「死への祈り」と「おしゃれ」の起源
 第1章 赤い漆塗り帯集団のカリンバ遺跡と石棒集団の柏木B遺跡
 第2章 赤い漆塗り帯集団の埋葬とおしゃれ
      ―カリンバ遺跡の発掘調査―
  I 発見された土坑墓―他界への旅立ちの手順と土坑墓の規格
  II カリンバ遺跡の副葬品―装身具と祭具
  III 多数の被葬者がねむる合葬墓と身を包む色鮮やかな装身具
  IV 身体を彩る装身具のいろいろ
  V カリンバ遺跡の漆工と階層社会
 第3章 石棒集団の埋葬と祭儀 ―柏木B遺跡の発掘調査―
  I 竪穴式集団墓と土坑墓群(環状土籬・周堤墓)
  II 第II地点の群集墓とその他の遺構
  III 出土土器から探る埋葬墓の変遷
  IV 柏木B遺跡における集団墓の構造
 第4章 竪穴式集団墓の成立と崩壊
      ―石棒集団から赤い漆塗り帯集団へ ―
  I 「環状石籬」と「環状土籬」
  II 竪穴式集団墓の成立と崩壊
 終 章 変動しつつある社会をまとめる石棒の持ち主と
      女性シャーマンの登場