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第46回 (2018,05,07)
大隅清陽 著 『古代甲斐国の交通と社会』

評者: 平野 修 (帝京大学文化財研究所 研究員)

書名 古代甲斐国の交通と社会
著者 大隅清陽 著
発行元 六一書房
出版日 2018/03
価格 3,132

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第一部 古代甲斐国の成立と特色
 第一章 ヤマト政権と甲斐
 第二章 甲斐の勇者
 第三章 律令制支配と民衆

第二部 地域の人々と律令制
 第一章 古代甲斐国と渡来人
 第二章 甲斐国出身の仕丁関係史料について
 第三章 延喜式内社穂見神社について
 補 論 儀礼空間としての国庁・郡庁

第三部 古代甲斐国の地域と交通
 第一章 ヤマトタケル酒折宮伝承の再検討
 第二章 文献からみた古代甲斐国都留郡の諸問題
 第三章 中部山岳地域における駅制と地域社会

 歴史学者の大隅和雄氏を父とし、2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者の大隅良典氏を叔父にもつ本書の著者である大隅清陽氏(以下、大隅氏とする)は、1997年9月に山梨大学教育学部史学教室(当時)赴任した。翌1998年には山梨県史編さん委員会古代部会にも参加され、当時、県史編さん事業の資料調査員であった私は、その時に初めて大隅氏の存在を知ることとなった。大隅氏の本来の専門は律令制度史でありながら、前任の滋賀大学では『彦根市史』などの編さんにも関わり、新天地の山梨でも地域史に関わっていきたいというご挨拶をいただいた。
 考古学が専門で若輩であった私は、それまで山梨大学に赴任された文献史学の先生方とはなかなか交流をもつことができなかった。しかし大隅氏が私と年齢が同じであることを知り、失礼ながらこれからは発掘調査で出土した墨書土器などの文字の判読や、不勉強であった文献史料の素朴な疑問などを気軽に尋ねることができると、嬉しく思ったことを今も鮮明に覚えている。
 さて、山梨県内では奈良・平安時代の集落遺跡の発掘調査は多数されてきていたものの、律令国家の地方支配の末端機構である国府や郡家といった明確な官衙遺跡の発掘事例は皆無に等しい状況が現在でも続いている。2003年に大隅氏が都留郡家の移転をめぐる論考を『山梨県史』の原稿として提出していたことを知り、その状況を考古学側からも何とか検討してみたいと思い、郡家が立地しそうな水陸両交通の要衝で、高燥かつ風光明媚な場所といった点からみると、現在の大月市に所在し、県立都留高等学校となっている縄文時代の遺跡で有名であった大月遺跡が候補地として有力ではないかということになった。
 大月遺跡はこれまで山梨県教育委員会などによって十数次にわたって発掘調査されており、それら発掘調査成果の再検討を私と現在の山梨県考古学協会事務局長である室伏徹氏で行ってみた。その結果、縄文時代遺構に混じり、規則的な配列を示す土坑や撹乱とされた方形の掘りかた群の存在が判明し、その周辺からは8世紀後葉から9世紀前葉にかけての遺物が出土していたことから、それらが郡家(都留郡家)を構成する建物の一部となる可能性が高まった。そこで改めて大隅氏にもお願いして都留郡家解明に向けて、山梨県内外の考古・文献・歴史地理などの研究者有士からなる「旧名:古代甲斐国官衙研究会、現在名:古代甲斐国研究会」を2003年5月に立ち上げた。大隅氏が提示した都留郡家移転の内容は「孝徳朝の天下立評段階では相模の一部として立評された都留評が、天武朝末年に七道制の施行と令制国の国境確定に伴って甲斐に編入され、上野原市(古郡郷)から大月市(都留郷)へ移転された」としたというものあり、その詳細は、本書第一部や第二章や第三部第二章に掲載されているので参照されたい。
 本書の冒頭で大隅氏は、史料の少なさと偏りに悩まされる地域史の全体的な歴史像を描くためには、「遺された歯の一片から死滅した過去の動物の全体を復元して見せる古生物学者の大胆さが必要である」という石母田正氏の言葉をあげているが、それは考古学も同じである。甲斐国の場合、甲斐国府の所在地は現笛吹市(旧東八代郡)春日居町国府と現笛吹市(東八代郡)御坂町の2箇所が候補地があり、国府の移転が問題となっている。しかし両候補地とも限られた範囲の発掘調査がされただけで、政庁(国庁)などの主要建物はみつかっておらず、国府の位置も移転の問題もまだ決着をみていない。たとえわずかな面積でも継続的かつ計画的な発掘調査の実施が望まれる。そして大隅氏が本書第二部補論で述べている「初期郡家の郡庁には、郡家としての機能だけでなく、国レベルの行政や儀礼の場としての機能をもつものがあったのではないか」という指摘を、一日も早く考古学側から検討してみたいものである。さらに東海、東山両道の交通の結節点だとされる「酒(坂)折宮」は果たして実在したものなのかどうか……等々。古代の文献史学側から考古学側へ投げかけられている課題・問題は非常に多い。本書の「あとがき」で大隅氏が述べているように「地域という具体的な場を通して、血の通った歴史の全体像考える」ためにも、今後とも考古学、文献史学を含む関連諸学との協業は不可欠であり、大隅氏はもちろん、彼のような研究者とともに、新たな山梨の歴史像を描き出していきたい。
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