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第47回 (2018,05,09)
秦 小麗 著 『中国初期国家形成の考古学的研究 土器からのアプローチ』

評者: 久保田慎二 (金沢大学国際文化資源学研究センター・特任助教)

書名 中国初期国家形成の考古学的研究 土器からのアプローチ
著者 秦 小麗 著
発行元 六一書房
出版日 2017/08
価格 10,800

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序文(岡村秀典)
はじめに
第1章 研究史
 第1節 二里頭時代の研究史
 第2節 二里岡時代の研究史
 第3節 夏商考古研究の問題の所在と本書の視点
第2章 土器の型式分類と系統識別
 第1節 土器型式の分類と型式の変化
 第2節 中心地における各系統の起源
第3章 中心地における土器様式の変遷
 第1節 二里頭遺跡の土器様式
 第2節 鄭州商城遺跡の土器様式
 第3節 偃師商城遺跡の土器様式
 第4節 3遺跡間の比較
第4章 二里頭時代の地域動態
 第1節 地域区分と編年
 第2節 伊洛地区
 第3節 山西省南西地区
 第4節 河南省南西地区
 第5節 鄭州周辺および河南省東部地区
 第6節 河南省南部と長江中流域地区
 小結
第5章 二里頭時代から二里岡時代への転換
 第1節 鄭州・伊洛地区における複合遺跡の分析
 第2節 河南省北部地区における複合遺跡の分析
 第3節 山西省南西地区における複合遺跡の分析
 第4節 考察
 小結
第6章 二里岡時代の地域動態
 第1節 伊洛・鄭州地区および河南省東部地区
 第2節 河南省北部地区
 第3節 山西省南西地区
 第4節 長江中流域地区
 第5節 考察
第7章 土器の地域動態と城郭遺跡の出現
 第1節 土器の地域動態
 第2節 土器様式変化の背景
 第3節 中心と周辺
 第4節 二里岡文化の成立過程
 おわりに
あとがき
引用参考文献
図表出典
中国語要旨

 中国の初期国家あるいは初期王朝と聞くと、どのような時代を連想するだろうか。中国考古学を専門とする者であれば、まず二里頭文化や二里岡文化、殷墟文化などが頭に浮かぶだろう。これらは『史記』などの古典籍に記載される夏王朝や殷王朝に比定される考古学文化である。また、その後に続く周王朝もそれに含められるかもしれない。近年の動向について少し触れておくと、良渚遺跡群を代表とする長江流域の新石器時代後期から末期の遺跡で、大型墓や巨大な城壁、大規模な土木工事を伴う遺構が発見され、これを初期国家段階とみなす意見が強くなっている。したがって、その定義にもよるが、初期国家と聞いて黄河流域の夏殷周の王朝のみをイメージしてしまうのは、あるいはやや保守的な見方なのかもしれない。本書の筆者である秦小麗氏も、初期国家研究の対象を二里頭文化と二里岡文化に絞っており、基本的には従来の歴史観に則った視点からスタートしている。
 しかし、2点ほどこのような見方について補足し、秦氏を援護射撃しておきたい。一つは、中国の歴史観に関わる問題である。近年、中国で進められてきた「夏商周断代工程」や「中華文明探源工程」などの大型国家プロジェクトがすべて王朝と関わる内容であるように、中国史の王道は王朝史とされる。そして、地理的位置や生業、後の王朝へと直接的に繋がる文化要素を重視すれば、黄河流域に重きを置かざるを得ないのである。二つは、単純に時間の問題である。本書は秦氏が2002年に京都大学へ提出した博士学位論文をもとに執筆されている。良渚遺跡群における城壁の発見は2007年、ダム状遺構の発見は2009年であり、すべては最近の発見である。その他、陶寺遺跡や石峁遺跡などを含めても大差なかろう。したがって、初期国家の実際を検討する対象に二里頭文化や二里岡文化のみを選んだのは、ある種順当であったといえよう。
 このように中国考古学の王道であるテーマに挑んだ本書は、日本における中国考古学研究の一つの里程標ともいうべき位置付けにあろう。日本における中国考古学研究には、すでに長い歴史がある。そして、中国各地で実施された発掘調査や資料実見を通して多くの研究が行われ、極めて重要な研究成果が蓄積されてきた。しかし、活動拠点を中国に置き、実際に現地に腰を据えて自らの手で多くの遺物に触れ、報告書からだけでは読み取れない現地ならではの情報まで文中に盛り込んだ論文は、どれくらいあっただろうか。筆者の印象ではあるが、当時、土器の定量分析、縄蓆文の成形痕分析、詳細な系統の認識などをここまで扱った日本国内の論文はなかったように思う。現在は中国留学にも行きやすくなり、若手研究者による詳細な遺物研究なども増えてきたが、秦氏の研究はその先駆けともいうべき位置付けにあるのではなかろうか。
 中国人研究者による当該時期研究という視点からみても、同様である。当時の中国では定量的視点や詳細な土器の観察を研究に反映させることは少なく、マクロな視点からアプローチできる問題が主な研究対象であった。秦氏は、そこに日本考古学の方法論から新たな風を吹き込んだのである。さらに、考古資料を文献史料から切り離して分析、解釈を進めた点も重要である。当時の中国考古学界では古典籍にある諸王朝と考古学文化の対応関係の検証が大きな検討課題であった。特に文字史料が欠落する二里岡文化以前については絶対的な根拠に欠け、統一的な見解を形成するのも難しい状況にあった。そのような中で、あえて出土遺物の分析を通して考古学的な視点から歴史観を構築した点は、当時の中国考古学の現状に一石を投じた形になったと考える。また、秦氏があえて二里頭、二里岡期を初期「王朝」ではなく初期「国家」とした点も、その根に上記の問題が関係するものと個人的には考えている。
 前置きが長くなったが、本書の構成は以下の通りである。
 「第1章 研究史」では、これまでの初期国家に関する研究史について、第1節の二里頭時代と第2節の二里岡時代に分けて、研究の中心となる黄河中流域のみならずその周縁地域の研究動向も含めて紹介する。第3節では、古典籍上の部族と考古資料を結びつける、いわば古典的な歴史解釈について痛烈に批判を加える。同時に考古学的な文化設定についても、明確な文化間の線引きに拘泥する風潮を否定的に捉え、より文化間の共通性とその背景にある交流を解明すべきだと主張する。このような視点の転換を経て、はじめて中国初期国家の形成過程を理解できるとしている。秦氏は二里頭文化や二里岡文化に併行する時期について、「二里頭時代」や「二里岡時代」という言い方を採る。実は新石器時代にも「仰韶時代」や「龍山時代」とする呼称がある。これらは、これまで仰韶文化や龍山文化とひとまとめに認識してきたものが、近年の研究の進展により地域差が明確になり、逆にそれらを時間的にひとまとめに捉える上位概念として提唱された呼称である。したがって、「時代」という単語の中に文化内容は含まれず、あくまでも時間的に併行する時期のみを示す概念である。本書の中では特に説明していないが、筆者はこのように認識している。ただし、二里頭と二里岡については、近年、一部併行するという見方が優勢であるため、両時代が重複するという問題が出てくる。「文化」や「時代」あるいは「文化期」などの使用概念もあわせて、改めて整理すべき課題である。
 「第2章 土器の型式分類と系統識別」第1節では、本書を通して軸となる土器の各器種系統の整理を行う。さらに、第2節では系統ごとの型式変化などについて検討する。各器種の系統は極めてよく認識されており、当該地区の土器研究を行う際、系統の判断基準として、今後も重要な指標となろう。
 「第3章 中心地における土器様式の変遷」は4節からなり、最初の3節でそれぞれ二里頭遺跡、鄭州商城、偃師商城について土器様式の変遷を明らかにする。そして第4節では3遺跡間の比較を行う。その結果、二里頭時代には伊洛系+東下馮系という組み合わせから伊洛系+漳河系・岳石系という土器様式の変化があったものが、二里岡下層期以降は次第に伊洛系+伊洛・鄭州系へと一元化される傾向がある点を指摘する。評者としては鬲の漳河系と伊洛・鄭州系の弁別の基準についてもう少し説明が欲しいと思ってしまうが、全体の土器様式の変化の傾向は極めて理解しやすいものである。また、本章では煮沸器の法量分析を行っている。このような視点はこれまでの中国考古学ではみられないものであり、結論として土器の規格化と小型化を指摘した点は非常に価値のある分析だと評価できる。特に規格化については、他の分析ともリンクしており、本書の結論の基礎となる重要なデータである。さらに欲をいえば、煮沸器の小型化の背景をどのように解釈されたのかを知りたいところである。
 「第4章 二里頭時代の地域動態」では、第1節で二里頭時代の二里頭文化およびその周辺地域を6つの地区に分け、地区ごとの土器様式の内容を説明する。第2節から第6節では、第1章で示した山西省中部地区以外の5地区について、それぞれ土器構成比から地域間関係を明らかにする。それをもとに小結として、伊洛系の土器は第3期をピークに地域を越えて拡散し、その背景には伊洛地区勢力主導の一方的な進出があったと指摘する。しかし、第4期には河北省南部から南下した漳河系が増加し、伊洛系と拮抗するまでに勢力を強める。そして、このような拮抗の中から後続する二里岡時代の土器様式が出現すると考える。さらに、これらの変化の背景には、国家の成立とその勢力の対外進出があったとしている。ここで秦氏がまとめる土器動態は極めて妥当な見解であり、秦氏の研究以降に多くの遺跡が報告されているが、この枠組みから大きく逸脱するような現象はみられない。これも秦氏の正確な土器系統の認識が基礎にあることは言うまでもない。
 「第5章 二里頭時代から二里岡時代への転換」では、二里頭時代から二里岡時代への土器様式の変遷を整理したうえで、複合遺跡をその性質から中心、中核、一般の3ランクに分け、それぞれにおける土器様式の変遷を明らかにする。第1節から第3節にかけて鄭州・伊洛地区、河南省北部地区、山西省南西地区を対象に分析を行い、第4節で考察を加える。その結果、各地域で次第に土器系統が伊洛系+伊洛・鄭州系へと一元化され、さらに土器の規格化と小型化が進行すると指摘する。また、中心遺跡ではこのような変化が二里岡下層前段階に生じる一方、一般集落では二里岡上層期に完了すると考える。秦氏はこれらの現象の背景に土器製作に関する「強い規制」を想定しており、当然、その先に国家の出現という新時代の胎動を見据えているのである。まさに土器研究から国家出現の一側面を照射する良好なモデルを提示したといえる。
 「第6章 二里岡時代の地域動態」では、これまでと同様の方法で、二里岡時代の単純遺跡における土器様式を整理し、土器様式の斉一化がどの範囲まで及ぶのかを明確にする。第1節から第4節まで、それぞれ伊洛・鄭州地区および河南省東部地区、河南省北部地区、山西省南西地区、長江中流域地区の4地区に分けて分析を行う。そして、各地区の一般集落でも土器の斉一化は中心・中核遺跡に遅れ、二里岡上層期になって達成されるとする。つまり、土器様式の斉一化は中心から一般へと段階的に達成されると考えるのである。ただし、長江中流域では、盤龍城などの中核的な遺跡のみで黄河流域と共通する土器が出土し、その他の一般集落では在地の伝統的な丸底土器を使用し続けたと指摘する。本章で興味深いのは、秦氏が「鄭州政権」という単語を使用する点である。第1章の研究史を除けば、おそらくこれが初出ではなかろうか。すでに前章でも匂わせているが、ここまで使用しなかった国家の出現と関わる政治性を帯びた語を、考古学的分析を行った文脈で使用した理由には、土器から読み取れる現象が政治的背景を伴うに違いないという確信があったのだろう。
 最終章となる「第7章 土器の地域動態と城郭遺跡の出現」では、第1節でこれまでの土器様式の変遷を改めてまとめる。そのうえで、第2節で二里岡時代の城郭をもつ遺跡の出現との関係を論じ、地方の城郭遺跡の出現と土器様式の一元化が連動する現象である点を指摘する。第3節では二里頭時代と二里岡時代の交流モデルを論じ、前者は「恒常的な一般交流」、後者は周辺地区に拠点をもつより密な交流であったとする。そして、両時代の間に質的差異を認め、初期国家段階の二つの異なる段階であると結論付ける。最後の第4節では、改めて伊洛・鄭州系土器を中心に二里岡文化を担う土器様式の成立過程をまとめる。
 以上が、大まかな本書の構成となる。各章が詳細な土器分析に基づいており、さらに章構成についても通時的な変化および中心と周辺の差異という二つの軸をうまく組み合わせ、非常に分かり易くまとめられている。改めて、中国初期国家期における土器研究の一つの到達点を示す重要な著書であると評価できる。
 ただし、いくつか気になる点もある。特に2003年以降の文献が不足する点、引用参考文献に挙げられている比較的新しい文献が本文の内容にうまく反映されているのかという点などは大いに気にかかる。それに関連する問題として、近年の研究成果による二里頭文化や二里岡文化と先商文化とされる下七垣文化の併行関係の問題、二里頭文化第4期と二里岡下層前半の年代観に関する認識などについても、本書の内容と関係するため、少し触れておいてもよかったかもしれない。また、土器から国家を論じるのであれば、やはり酒器の広がりや青銅器との関係を考えることで、より考察を深められたのではなかろうか。秦氏が現在進められている玉器の研究なども、より広範囲の交流も包括した関係を探るうえで重要な要素である。これらの要素を論じないことで、最後の結論がやや希薄な印象を与えてしまう点は否めないだろう。
 さらに、言葉の定義の問題として、本書の当初では「初期国家」としていた表現が、最後は「初期王朝国家」となっている。結論に向かい、「王朝」を使用することでより考古学的成果を歴史へと昇華させる意図があるのかもしれないが、やはりこれら中心となる概念の解説を丁寧にしておくべきであろう。その他、土器と人間集団の動きを繋げる理論的枠組みや法量分析のサンプルサイズなど、さらに詰めるべき問題があるものと考える。
 以上のように、評者はさらなるブラッシュアップが必要な面もあると考えている。しかし同時に、秦氏が本書で示した初期国家期の土器動態の枠組みは、中国考古学研究にとって普遍的な価値をもつことも間違いない。今後も大きく変わることのない、誰もが納得できる枠組みを示したのである。それだけでも本書には一読の価値がある。興味のある方は是非、手に取っていただきたい。初期国家期の中国考古学に初めて触れる方には、その形成過程における考古学的様相を理解していただけるだろうし、評者を含めた中国考古学を学ぶものにとっても、当該時期の地域文化の捉え方や交流関係の具体的状況を参考にすることができる良書である。
 秦氏は、日本において日本の研究方法で中国の考古遺物を体系的に分析した極めて希少な中国人研究者である。是非、本書を中国でも翻訳・出版し、近年、欧米の方法論に傾倒しがちな中国で、日本考古学の中で育まれた方法論の有効性を説いてもらいたいと密かに願っている。学史的な重要性と将来的な可能性、過去と未来の両ベクトルのうえで輝く可能性を本書は秘めているのである。
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