HOME書評リレー > 書評: 弥生時代食の多角的研究 池子遺跡を科学する

第48回 (2018,07,12)
杉山浩平 編 『弥生時代食の多角的研究 池子遺跡を科学する』

評者: 中山誠二 (帝京大学文化財研究所客員教授)

書名 弥生時代食の多角的研究 池子遺跡を科学する
著者 杉山浩平 編
発行元 六一書房
出版日 2018/03
価格 3,240

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 はしがき …杉山浩平
序 章 研究の目的―弥生時代の食生活の解明にむけて―  …杉山浩平
第1章 池子遺跡の調査から20 年 …谷口肇
第2章 池子遺跡の自然遺物 …杉山浩平
第3章 池子遺跡の弥生人骨―関東の弥生集落遺跡の出土人骨と比較して― …佐宗亜衣子
第4章 池子遺跡のヒトと動物の炭素・窒素同位体比からみた弥生時代の食生活 …米田穣
第5章 池子遺跡出土弥生土器の種子圧痕分析 …遠藤英子
第6章 土器付着炭化物からみる池子遺跡 …白石哲也・中村賢太郎
第7章 池子遺跡出土資料の残存デンプン粒分析 …杉山浩平
総 括 …杉山浩平・谷口肇・佐宗亜衣子・米田穣・遠藤英子・白石哲也・中村賢太郎
 附編1  南関東弥生時代の自然遺物集成 …杉山浩平
 附編2  関東弥生時代人骨集成 …土井翔平
 あとがき …杉山浩平

 「遺跡」には過去を解き明かす鍵が数多く潜んでいる。この鍵をすべてあけはなち、遺跡の持つ情報を100%出し切る作業は、意外ではあるが考古学研究者は得意としてこなかったのではないだろうか。評者は、それを成し得る究極の学問を「遺跡学」と考えているが、本書は人文科学と自然科学の枠を超えて遺跡から得られる食にかかわる情報を極限まで求めた遺跡学の一書である。
 本書の構成と執筆は、序章 研究の目的―弥生時代の食生活の解明にむけて―(杉山浩平)、第1章 池子遺跡の調査から20年(谷口肇)、第2章 池子遺跡の自然遺物(杉山)、第3章 池子遺跡の弥生人骨(佐宗亜衣子)、第4章 池子遺跡のヒトと動物の炭素・窒素同位体比からみた弥生時代の食生活(米田穣)、第5章 池子遺跡出土弥生土器の種子圧痕分析(遠藤英子)、第6章 土器付着炭化物からみる池子遺跡(白石哲也・中村賢太郎)、第7章 池子遺跡出土資料の残存デンプン粒分析(杉山)、執筆陣全員による総括からなる。
 編者の杉山氏は、弥生時代の食や生業が穀物中心となり堅果類などの野生植物や魚介類など動物資源への依存度が低下したという従来の議論の反省に立って、食糧資源の全体像把握に向けた多角的な研究の必要性を説く。このうえで、弥生時代の低湿地遺跡としては関東地方でも稀有な遺跡として知られる池子遺跡を対象に、人為遺物、自然遺物、人骨などの科学的な分析を通じて、動植物資源の食利用の復原を目標として掲げる。
 池子遺跡では、弥生時代中期後葉の宮ノ台式期にほぼ限定された埋没旧河道から膨大な有機質遺物が出土している。谷口氏は木製農耕具、弓や石製の狩猟具、骨角製品のヤス、アワビオコシや櫂状木製品、たもや筌などの様々な漁撈具、食器・調理具としての土器など人工遺物の分析から、池子弥生人の多様な生業活動を捉えようとしている。
 これらの人工遺物と対応するように、遺跡からは、オニグルミなど縄文時代以来の木の実のほか、モモや穀物類などの植物質食糧、陸上動物、海洋動物と魚類、貝類などの動物質食糧など豊富な種類の食糧資源が検出されている。
 なかでも相模湾に近い池子遺跡の特徴として、海洋資源が豊富であることが挙げられる。魚類には古逗子湾から河口に生息するクロダイ・ハゼ・ボラ・スズキ、遺跡付近の海域に生息するカタクチイワシ・サバ・マアジ、相模湾沖合いに生息するカツオ・カジキ・サメなどがあり、弥生人による三つの海域にわたる漁撈活動のほか、クジラやカメ、アシカなどの海洋動物の捕獲も認められている。また、46種類の貝類は、淡水域、汽水域、内湾の湾奥部潮間帯の泥質底、内湾の湾奥から湾央部の砂質底、内湾の湾央部の砂泥質底、外洋に面する岩礁から岩礁底に生息する貝などに分けられ、遺跡周辺に生息する多様な貝類を採取し利用していたこともわかる。当時の人々の海洋での活動圏の広さに改めて驚かされる。その一方で、淡水性の魚類はコイ科がわずかに見られるのみで、内水面漁撈を伴う内陸地域の農耕集落との違いを改めて認識しておく必要があろう。
 植物資源のなかでは、その主体となる穀類にはイネのほかにアワ・キビなど雑穀類が存在することが、遠藤氏の圧痕分析で捉えられている。氏は、池子遺跡とほぼ同時期の関東・中部高地・北陸の遺跡から検出された穀物圧痕の比率を比較するなかで、「宮ノ台式土器圏や北陸ではイネへの集中度が高く、対照的に栗林式や北島式の遺跡では雑穀も組成に加わっているといえそうだが、データが最も多い栗林式遺跡群ではばらつきがみられた」という評価をしている。つまり、当時の穀物利用はイネを主体としながらも、一定程度の雑穀利用も無視できないことになる。この指摘は評者も同意するが、しかし一方で種実圧痕の数的な割合のみでは生業内における量的評価をすることが難しく、改めて弥生時代のイネと雑穀の利用頻度の求め方が大きな課題となってこよう。
 弥生人骨の形質人類学的分析では、縄文系弥生人の女性と共通した形態的特徴が認められ、池子集団に在来系と渡来系の弥生人が混在した可能性が示唆されている。東日本の弥生人の形質変化が、縄文人と渡来人との交雑によるものか、食環境などの変化に由来するものかは未だに結論が出ていないが、池子遺跡の人骨分析は、それらの課題解決の糸口にもなろう。
 以上のような直接資料の分析に加えて本書では、弥生人骨や動物、土器の付着炭化物の炭素・窒素同位体比からみた食生活の復原や、磨石・敲石などの残存デンプン粒分析による粉食利用の検討がなされている。これらの研究は、動植物資源をどのように加工し、どの程度食糧として利用していたのかを知る重要な手がかりとなり、直接資料のクロスチェックの役割も果たしている。
 人骨の炭素・窒素同位体比分析では、池子弥生人は、山口県土井ヶ浜遺跡と類似して、水田稲作と主に海産物による漁撈活動を複合した生業が指摘され、雑穀などのC4植物である雑穀の寄与は極めて低いとみられる。土器付着炭化物による同様の分析でも、コメなどのC3植物を主体としたデータが得られており、圧痕分析で検出されたアワ・キビなどの雑穀利用の比率と食全体における評価が重要なポイントとなってこよう。 
 上記の分析研究を踏まえた総括では、C3植物および雑穀類の利用、海産物の調理と摂取、堅果類の利用、イノシシ類の飼育・家畜化の問題までの議論がなされ、池子遺跡の多様な食利用の実態を明らかにしている。
 ただし、設定された課題がすべてクリアに解決されているわけではないことは、単一遺跡の資料であるがゆえの限界として捉えておく必要がある。また、自然科学的な分析法といってもそれぞれが万能というわけではなく、資料評価における限界性を意識しながら読解する力が読者側にも求められる。さらに注意しておかなければならないのは、これはあくまでも弥生中期後葉における池子遺跡の実態であって、これを即座に弥生時代全体に普遍化することはできない点である。このような多角的研究が全国各地の遺跡で行われ、比較検討される中で、弥生時代の食利用に関する地域性や時期的変化の全体把握がはじめて解明されたことになる。
 とはいえ、発掘調査から20年以上経過した資料を最新の分析手法を用いて問い直した結果は、単一遺跡のもつ潜在的情報がいかに多く眠っているかを改めて私たちに気づかせてくれた。本書は、弥生食の総合科学の扉を開いた先駆的な書であり、今後の研究においてバイブル的な存在となっていくことを予感させる。
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