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第56回 (2019,04,09)
山本暉久 著 『住居の廃絶と儀礼行為』

評者: 阿部昭典 (千葉大学大学院人文科学研究院 准教授)

書名 住居の廃絶と儀礼行為
著者 山本暉久 著
発行元 六一書房
出版日 2019/01
価格 9,720

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序言
例言

第1章 住居址内貝層形成と儀礼行為

第2章 住居址内土器一括遺存現象のもつ意味
 第1節 縄文中期における住居址内一括遺存土器群の性格
 第2節 竪穴住居の廃絶と出土遺物の評価
 第3節 住居址内土器一括遺存現象をめぐる研究の現段階

第3章 廃屋墓葬をめぐって
 第1節 縄文時代の廃屋葬
 第2節 住居址内に倒置された深鉢形土器について
 第3節 倒置深鉢
 第4節 廃屋墓葬をめぐる近年の研究動向について

第4章 柄鏡形(敷石)住居の廃絶と儀礼行為
 第1節 いわゆる「環礫方形配石遺構」の性格をめぐって
 第2節 環礫方形配石・周堤礫・列状配石を伴う柄鏡形敷石住居址について

第5章 石棒祭祀の終焉と廃屋儀礼
 第1節 浄火された石棒
 第2節 住居址内の大形石棒について
 第3節 多凹痕をもつ石棒と石皿
 第4節 その後の石棒研究をめぐって─石棒祭祀と柄鏡形(敷石)住居─

第6章 縄文時代における廃屋儀礼のもつ歴史的意味

おわりに
謝辞
引用・参考文献

 本書は、『敷石住居址の研究』(2002年刊、六一書房)、『柄鏡形(敷石)住居と縄文社会』(2010年刊、六一書房)に続く、これまでの山本暉久氏の研究をまとめた3冊目の著書である。内容的には、柄鏡形敷石住居を中心とした住居廃絶に伴う儀礼行為に着目した研究であり、覆土の形成過程の解釈やこれに関わる土器等の廃棄行為、廃屋墓、火入れ、配石の研究は示唆的内容に富んでいる。
 第1章「住居址内貝層形成と儀礼行為」は新たに書き下ろされたもので、山本氏は竪穴住居址の覆土中に貝層を伴う事例のなかで、宗教的行為とみられる貝層が形成される事例について、近年話題になった船橋市取掛西貝塚の例もあげながら検討を行う。その結果、縄文前期前葉の海進期において集中して認められる住居址内貝層の形成は、住居廃絶と関わりあいながら、鳥獣骨・魚骨等の食物残滓と土器・石器・骨角器等の廃絶住居内への投棄とあわせて、動物儀礼にとどまらず、すべて送る行為として行われた廃屋儀礼であるとの見解を示している。
 第2章「住居内土器一括遺存現象のもつ意味」は3つの節から構成される。第1節「縄文中期における住居址内一括遺存土器群の性格」は、1978年の論考をもとにしたもので、ここでは小林達雄氏が提示したいわゆる「吹上パターン」現象について、「第一次埋没土」の形成要因とその上から出土する土器の由来について検討を行う。山本氏は、「第一埋没土」がロームブロックを含む混土層である場合が多いことと、火入れ行為があることから、人為的形成の可能性を指摘する。またこれらの「一括遺存土器群」が集落内では限定的なものであることから、居住者の予期せぬ死(疫病死や不慮の死)に際して、集落を維持させるために、「忌避」行為として、住居は解体、埋戻され、その後に死者にかかわった生活財や集落内に破損し、保管されていた生活財をも含めて“送られた”もので、時として「忌避」を明確にするために火入れ行為も行われたと解釈する。
 第2節「竪穴住居の廃絶と出土遺物の評価」は1993年の論文をもとにしたもので、山本氏は、いわゆる「集団移動論」や「見直し論」などの従来の集落論への批判的論調に対して反論を行っており、土井義夫氏や黒尾和久氏などの論の問題点を指摘する。特に、「第一埋没土」が自然堆積なのか人為的堆積なのかが焦点であり、いわゆる「全点ドット」に代表される綿密かつ緻密な記録だけでなく、出土層位とその形成過程の観察と説明が重要であることを指摘する。また山本氏は、「第一次埋没土」の形成要因を周堤の土砂の人為的埋戻しとみており、他の現象面を含めて、住居廃絶に伴う祭祀的な行為の存在、あるいは埋葬行為などの縄文時代人のきわめて精神的な活動の姿がひそんでいることを推測する。
 第3節「住居址内土器一括遺存現象をめぐる研究の現段階」は書き下ろされたもので、第1節・第2節で議論した、「第一次埋没土」の形成要因や「住居址内土器一括遺存現象」について、最近の論考を中心に検討を行う。特に廃絶住居について、「ゴミ捨て場」という発想を止揚しなければならないと指摘し、これらの現象をめぐっては、小規模集落論・見なおし論=横切りの集落論へと傾斜しつつ、住居址の覆土形成や遺物出土状態、接合関係などの微視的分析に終始している傾向がうかがえ、現状の研究に進展がみられないと批判する。
 第3章「廃屋墓葬をめぐって」は4つの節から構成されている。第1節の「縄文時代の廃屋葬」は1985年の論文をもとにしたもので、ここで山本氏は、いわゆる「廃屋墓」について、「この廃絶された住居内に遺骸を埋葬するという葬法が、いつごろ、どのような理由にもとづいてなされるに至ったのか」、また「廃絶住居内に埋葬された者が、その住居とどのような関係を有していたのか」という視点で分析を行う。山本氏は、「廃屋墓」に関わる研究史を紐解いて、「廃屋墓」の概念も研究者間で異なり、あいまいなまま今日に至っていることを指摘する。山本氏は、集成事例を対象に分析を加え、埋葬の特性として、(1)埋葬遺体数、(2)年齢・性別、(3)埋葬のありかた、(4)検出のありかた、(5)集落におけるありかた、についてまとめている。これらから山本氏は、廃屋葬の広がりについて、貝塚地帯に限定されるものではなく、広く東日本の縄文社会に広がり、中期後葉から後期前葉を中心とする時期に、関東・中部域一帯の諸集落に盛行をみたことは明らかであると結論づける。また廃屋の意義について、山本氏は、被葬者が廃絶住居ときわめて密接な関係を有していると考え、廃屋墓を「居住成員の死に伴い、その遺骸を住居に埋葬するとともに、住居を廃絶したものと定義づけることができる」と説明する。
 第2節の「住居址内に倒置された深鉢形土器について」は1976年の論文をもとにしたもので、山本氏は加曽利E式期の住居址内に倒置されて遺存する深鉢形土器を「倒置深鉢形土器」と呼称して、54遺跡68例を対象に分析を行う。その結果、分布や時期をはじめとして、諸特徴を明らかにするとともに、用途についても検討を行う。用途に関しては、これまで「埋葬用」と「祭祀用」の説があり、山本氏は、「甕被葬」との関連から埋葬用である可能性を指摘する。また山本氏は、廃絶された住居内に埋葬することに重要な意義があると想定する。
 第3節の「倒置深鉢」は2008年の論考をもとにしており、南西関東および中部山地域にみられる代表的な事例を概観する。そこから山本氏は、関東・中部地方を中心とする地域に、これらの分布の主体があり、時期は五領ヶ台式期に遡る事例があるものの、圧倒的に中期後葉に集中することを指摘する。さらに、山本氏は、「倒置深鉢は、住居廃絶に伴うなんらかの儀礼行為の結果、住居内に遺されたものと理解すべき」であると結論づける。
 第4節の「廃屋墓葬をめぐる近年の研究動向について」は2015年の論考をもとにしており、廃屋墓に関する近年の研究動向をまとめている。山本氏は、再検討によって「廃屋墓葬を埋葬時点の違いで限定するのではなく、床面葬も覆土層(第一次堆積土中)も廃屋墓の範疇に含めてあらためて考えるべきである」という結論に至り、これらを「一般的な葬法として認識するべきではなく、特殊な葬法であった可能性が強い」とする。
 第4章「柄鏡形(敷石)住居の廃絶と儀礼行為」は2つの節から構成される。第1節の「いわゆる「環礫方形配石遺構」の性格をめぐって」は1985年の論考をもとにしており、「環礫方形配石遺構」と呼称されるものについて、鈴木保彦氏が特殊視して「祭祀的な色彩の強い施設」とする見解に疑問を呈し、敷石住居=一般的住居という視点から、「特殊視すべきは、環礫方形配石遺構とそれに伴う火入れ行為なのであって、その行為が行われたのは、一般的な住居であったのではないか」と主張する。これらの特性について、(1)構築状態、(2)形状と規模、(3)諸施設、(4)敷石状態、(5)環礫方形配石のありかた、(6)伴出遺物、(7)集落内のありかた、(8)時期などの検討を行い、住居廃絶の際に行われた特殊な祭祀的行為と解釈する。これらの形成過程を、(1)住居の構築・使用、(2)廃絶、(3)環礫方形配石、(4)火入れ、(5)埋戻し、(6)自然埋没、とする。
 第2節の「環礫方形配石・周堤礫・列状配石を伴う柄鏡形敷石住居址について」は新たに書きおろされたもので、山本氏は環礫方形配石遺構および周堤礫と、近年注目されている柄鏡形敷石住居の張出部に付随する列状・弧状配石(列石)について再考する。そのなかでは、石坂茂氏や石井寛氏などの研究に言及して、環礫方形配石遺構や周堤礫は、住居廃絶後に配されたもので、住居廃絶に関わる儀礼行為として解している。
 第5章「石棒祭祀の終焉と廃屋儀礼」は、4つの節から構成されている。第1節の「浄火された石棒」は、2006年の論考をもとにしている。本論は、東京都町田市忠生遺跡の中期中葉勝坂式期後半段階の火災住居に伴う石棒出土事例に接したことが発端で、住居址内出土石棒と火との関わりについて、事例分析を行う。山本氏は、事例を(1)中期中葉、(2)中期後葉、(3)中期末葉・後期初頭、(4)後期前葉、(5)後期中葉以降に分けて検討する。分析の結果、山本氏は、「中期中葉から後葉にかけては、石囲炉と関わりが強いのに対して、中期末以降は、住居の廃絶に伴う儀礼行為の一環として、石棒を火にくべるという祭祀行為が活発に行われるようになり、それが後期前葉以降、住居内被熱石棒例は減少化するのに反して廃屋儀礼活発化する」という変化を指摘する。
 第2節の「住居址内の大形石棒について」は2012年の論考をもとにしており、山本氏は住居廃絶に伴う儀礼行為と考えられる石棒検出例を時期別に分析する。山本氏は、「石棒や石皿などを用いて、中期以降、住居の廃絶に伴い、なんらかの理由により家を火により浄める意識があった」と考え、「その住居を忌避する行為として石棒などが重要な役割を果たしていたものとみるべきであろう」と述べる。また石棒祭祀の変遷を図式的に示し、中期中葉は、大規模環状集落の形成開始→屋外石棒祭祀の発達=集落共同体成員祭祀中心。中期後葉は、石棒・石柱・石壇の住居内取りこみ=個別竪穴成員祭祀中心。中期終末は、中期環状集落の崩壊=柄鏡形(敷石)住居の出現、石棒を用いた廃屋儀礼の活発化。後期以降は、後期集落の成立=共同体成員の再編・強化→廃屋儀礼の発達、配石記念物・配石墓構築の活発化=石棒の小形化と石棒祭祀の屋外への転化、という変化を想定する。
 第3節の「多凹痕をもつ石棒と石皿」は、2013年の論考を基にしており、山本氏は「多凹痕」をもつ石棒・石皿について、従来の解釈を振り返り、その行為の背後には大地の豊饒祈願をより突き進め、男女の象徴である石棒・石皿に加える敲打の連続的行為を通じて、生殖行為=新たな生命体の誕生を願うとともに、大地の豊饒を求める祭祀行為として行われたものと想定する。
 第4節の「その後の石棒研究をめぐって─石棒祭祀と柄鏡形(敷石)住居─」は、書き下ろしたもので、山本氏は最近の石棒研究の動向をまとめている。たとえば、2010年10月に國學院大學で開催されたシンポジウム「縄文人の石神」、これをもとに2012年に出版された『縄文人の石神-大形石棒にみる祭儀行為-』(谷口康浩編、六一書房)、東京都国立市緑川東遺跡SV1の4点の完形大形石棒出土事例にまつわる諸議論を中心に論点をまとめる。
 第6章「縄文時代における廃屋儀礼のもつ歴史的意味」は本書を通したまとめの部分にあたる山本氏は、これまでの議論をまとめて、廃屋儀礼のもつ歴史的意味について廃屋儀礼行為が、中期後葉以降に顕著になることから、これらが大規模環状集落の造営が崩壊し小規模集落へと分散居住することとなることと関連すると考える。また廃屋儀礼は縄文時代全般を通じて認められるにせよ、その時期ごとの多様な変化のなかで捉えられる必要があると結論づける。
 「おわりに」では、山本氏は、最近の安易な理論や民族誌を用いた解釈に警鐘を鳴らし、考古学の基本とも言える地道な事例の集成に基づく検討がまずなされなければいけないことを強調する。山本氏がこれまで積み上げてきた研究成果は、このような事例の集成と詳細な分析を基礎として成し遂げられたものである。先史社会や文化における行動・思考を解釈するためには、理論考古学や民族考古学等の方法論も必要であるが、やはりその基礎として考古資料の十分な分析がなされてこそ有効である。縄文時代の竪穴住居跡は、土器等に比べて活発に研究が行われているとは言えず、ましてや住居屋内での儀礼行為や廃屋における儀礼行為の研究は、より低調であると言えるだろう。このような状況のなかで、山本氏は柄鏡形(敷石)住居と石棒、廃屋墓、倒置土器を中心に廃絶儀礼や廃絶した住居跡における儀礼行為の研究を継続してきており、本書はその積み重ねられてきた研究成果である。今後も、竪穴住居廃絶や埋没過程の研究を行ううえで、必携の書であると言えるだろう。
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