HOME書評リレー > 書評: 考古学の地平II 縄文時代中期の土器論と生業研究の新視点

第60回 (2019,10,07)
山本典幸 考古学の地平グループ 編 『考古学の地平II 縄文時代中期の土器論と生業研究の新視点』

評者: 大内千年 (千葉県教育庁文化財課)

書名 考古学の地平II 縄文時代中期の土器論と生業研究の新視点
著者 山本典幸 考古学の地平グループ 編
発行元 六一書房
出版日 2019/05
価格 3,240

目次を表示>>

山本典幸 企画の意図と構成
小林謙一 縄紋土器編年研究の方向性
      ―南西関東地方縄紋中期を題材に―
徳留彰紀 武蔵野台地北東部および大宮台地における勝坂式終末期から加曽利E式初頭期の土器様相
塚本師也 阿玉台IV式期から加曽利EI式古段階の土器様相
      ―那珂川流域と鬼怒川・小貝川流域との対比― 
山本典幸 縄文時代中期文化の諸問題
      ―勝坂式と加曽利E式の間に関する最近の土器研究の動向―
今福利恵 勝坂式土器から曽利式土器への様式転換
櫛原功一 多摩地域の曽利式(系)土器
高橋 健 東京湾沿岸のイルカ漁
山本典幸 編集を終えるにあたって
      ―『考古学の地平』の立ち位置の確認―
編者略歴・執筆者一覧

 2019年5月に刊行された『考古学の地平II』は、既刊(I)に続く『考古学の地平』シリーズの第2冊目の論考集である。六一書房で長らく刊行されてきた、考古学リーダー『縄文時代の新地平』シリーズに関連し、その系譜に連なる図書といえよう。
 刊行の経緯は編著者である山本典幸により述べられているが、2014年、2017年に実施した「研究集会 縄文研究の地平」と、2016年に実施した「シンポジウム 縄文研究の地平」における口頭発表の成果に基づいた論考が収められている。各論考は、当時の発表内容そのものではなく、各論者の研究の進展を反映したものとなっている。
 収録された論考は以下のとおりである。
(1)小林謙一「縄紋土器編年研究の方向性−南西関東地方縄紋中期を題材に−」
(2)徳留彰紀「武蔵野台地北東部および大宮台地における勝坂式終末期から加曽利E式初頭期の土器様相」
(3)塚本師也「阿玉台IV式期から加曽利EI式古段階の土器様相−那珂川流域と鬼怒川・小貝川流域との対比−」
(4)山本典幸「縄文時代中期文化の諸問題−勝坂式と加曽利E式の間に関する最近の土器研究の動向−」
(5)今福利恵「勝坂式土器から曽利式土器への様式転換」
(6)櫛原功一「多摩地域の曽利式(系)土器」
(7)高橋健「東京湾沿岸のイルカ漁」
 これらの論考に先立ち、編者である山本の「企画の意図と構成」、最後に「編集を終えるにあたって−『考古学の地平』の立ち位置の確認−」が加えられる。
 (1)の小林論文から(6)櫛原論文までは、すべて縄紋中期の土器研究となるが、これは2016年のシンポジウム及び2017年の研究集会が、武蔵野・多摩地域を中心に編まれたいわゆる「新地平編年」を中心に、そのメンテナンスや他地域との関係などを俎上に挙げたことによる。2014年の研究集会は縄紋中期末葉から後期初頭の文化変化をテーマとし、当該期の生業等にかかる議論が行われた関係から、銛頭の分類に基づきイルカ漁の分析を行った(7)高橋論文が収められている。
 そもそも、いわゆる「新地平編年」(多摩武蔵野編年)は、1990年代なかば、武蔵野・多摩地域を中心とした南西関東をフィールドとし、縄紋中期に研究関心があり、かつ同世代の若手研究者であった、黒尾和久、小林謙一、中山真治の3名を中心とした共同研究が端緒となったものである。「縄文時代研究の新地平」と題するシンポジウムにおいて初めて世に問われたことから、「新地平編年」と呼称され、発表当初から、「縄紋中期全体を網羅した最も細かく精緻な編年」といった評価を受けてきたものである。
 「新地平編年」の特色は、きわめて目的的な編年であること、すなわち、発掘調査で検出された縄紋中期の遺構群を、集落として分析するために、「使える」時間軸を設定することが大きな目的であった。南西関東という調査事例が多く、かつ研究蓄積のある地域において、既存の縄紋中期土器編年では、発掘調査で検出された遺構群(主に住居跡)を、時間軸に沿って同時存在に近い形で位置づけることができない、というフラストレーションが「新地平編年」を設定するひとつの大きな動機であったかと思う。
 こうした「新地平編年」の設定の経緯は、(1)の小林論文の中で触れられている。本論考では、「新地平編年」の概要をあらためて述べたうえで、最新成果による実年代推定と対比を行う。小林は「新地平編年」の発表後、2000年代より、炭素14年代測定に精力的に取り組むことになるが、あらためて、その研究方針と実年代推定の重要性について、批判に応える形で論じている。
 続く、(2)徳留論文、(3)塚本論文、(4)山本論文、(5)今福論文では、土器様相に見る縄紋中期中葉と中期後葉の境界が議論の中心となっている。これは2017年の研究集会「縄文研究の地平」が、「土器から探る勝坂式と加曽利E式の間」をテーマとして行われたことに関係する。「新地平編年」においては、「勝坂3式期」である「9c期」と「加曽利E1式期」である「10a期」の間に存在する齟齬が、「9c-10a問題」として、設定当初から問題となっていた。これは、関東地方中期の土器型式において、勝坂式・阿玉台式から加曽利E式への型式転換がスムーズに捉えられない、という古くからの研究課題ともかかわっている。各論文においては「新地平編年」のフィールドである南西関東以外の、当該期の様相が取り上げられるが、読者は、まずはこの時期の土器様相の複雑さと、各地域における多様性を強く感じることになるであろう。 
 (2)徳留論文は、武蔵野台地北東部および大宮台地という、このグループにとってあまりなじみのない地域について、ひとまず新地平編年の9c期、10a期の枠組みに沿って土器群の位置づけを試みる。結論としての「武蔵野台地北東部および大宮台地周辺においては、勝坂式の変異が他地域に比べて早く進行したことで、いち早く武蔵野台地型加曽利E式が成立した」という見通しは、当該地域において、むしろ新地平編年とは別の、より精緻な土器の時間差を反映するような時間軸の設定を強く迫るものではないかと思われる。
 (3)塚本論文では、北関東地域、那珂川流域と鬼怒川・小貝川流域における土器を、新地平編年とは異なる、遺構出土土器の組み合わせを重視した方法で位置付ける。慎重ではあるが、「加曽利EI式古段階」が細別できる可能性に言及し、加曽利E式の成立について、これまでより一歩踏み込んだ見解を示している。
 「9c-10a問題」と、この時期の研究動向については、(4)山本論文がまとめており、問題の在りかが良く理解できる。本書所収の論考中では扱われていない、東関東地域の研究動向について、下総考古学研究会の取組を丁寧に紹介しているのは、関係者としてありがたいとともに、当該期の関東地方の土器研究を俯瞰するための便宜をはかるものとなっている。当該期の複雑な土器様相を読み解くためには、個々の土器の由来や生成過程を丁寧に追う基礎作業が必須である、という山本の提言は傾聴に値するであろう。
 (5)今福論文では、甲府盆地周辺地域における、勝坂式から曽利式への変遷が鮮やかに描き出され、読者は、上述した各論考で見てきたような、関東地方における加曽利E式のきわめて複雑な生成の状況と、まったく異なる世界があることを知ることができる。論考では、勝坂式から曽利式への転換が、勝坂式の伝統を強く受け継ぐ形でなされている状況が明瞭に示されるが、その成功要因の一つは、曽利式土器(今福の場合は様式)の明確化、すなわち頸部の波状隆線が文様帯として成立する事実をもって曽利式土器とみなす、という基準の確立にあるのではなかろうか。ひるがえって加曽利E式の「成立」を考えた場合、曽利式土器の生成の経緯と異なり、多様な土器の系譜が錯綜する形で加曽利E式へとつながっていくことが見通され、このことがホライズンとしての「加曽利E式の成立」を捉えにくくしていることを強く感じさせる。
 (6)櫛原論文は、やや時期が下る中期後葉における、多摩地域の曽利式(系)土器を取り上げることで、複雑な地域間の情報の流れの一旦に迫る論考である。オリジナルの曽利式から変容し、多摩地域で生成された曽利式系土器が、逆に曽利式オリジナル地域である山梨県域の曽利式土器に影響を与えたことを、具体的な資料で明らかにしている。曽利式の本場の研究者が、他地域の変質した曽利式系土器を観察することによって、土器の細かな差異を抽出するもので、研究蓄積のある論者ならではの論考といえよう。
 (7)高橋論文は、本書の中では唯一土器以外の遺物を用いた論考である。豊富な称名寺貝塚出土資料を主とした骨角製銛頭の分類をもとに、東京湾における後期初頭以降のイルカ漁の消長に迫る、意欲的な論考である。後期初頭に称名寺貝塚でイルカ漁が集中的に盛行し、後期前葉以降東京湾沿岸に徐々にイルカ漁が拡散するモデルが想定されている。

 本書は、一義的には、縄紋中期の関係資料に関心を持つ者、また、各論考が対象とする地域の物質文化に関心のある者にとって必読の書といえるが、編者の意図としては、それだけにはとどまらない。特に、縄紋土器の研究にあっては、編年研究を越えてどんな地平が見通せるのか、各論考を通じて読者にくみ取ってもらうことが、ひとつの大きな目的であろう。
 本書の論者の多くが、発掘調査現場の最前線に近い位置にいる方たちであり、日々蓄積が進む膨大な考古資料をいかに位置づけ、読み解いていくかという、現場における必然性が研究の動機づけの一つであることが想像される。また、「新地平」にかかわりの深い実績ある研究者の論考に加え、徳留、高橋という「縄文研究の地平」研究集会から新たに加わったメンバーの論考がバランスよく配されている。かつて「新地平編年」創出のころ、当時の若手研究者の現場の熱意が、「新地平」ムーブメントの活力であったと思うが、「縄文研究の地平」研究集会も、そうした良き伝統を引き継いでいるものであろう。考古学の根本である資料に密着した分析と、現場の最前線の息吹が感じられることは、本書の大いなる魅力といえよう。考古資料を扱う、多くの方の手に取っていただけることを願うものである。
 なお、文中敬称は略させていただいた。

閉じる×

共用PCで自動ログイン機能は
使わないでください

職場、学校、ご家族でご利用など
共用でご利用のパソコンでこの機能をお使いになりますと
他の方があなたの情報でログインしてしまう可能性があり

可能性がございます。

自動ログインの解除は会員ログアウトを押していただきますと
次回アクセス時から自動でログインされなくなります

閉じる×

図書の入荷をメールにてお知らせいたします。

お知らせを送信するメールアドレスを入力し登録ボタンをクリックしてください。