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第63回 (2020,06,26)
中山 誠二 著 『マメと縄文人 ものが語る歴史40』

評者: 新津 健 (山梨英和大学非常勤講師)

書名 マメと縄文人
著者 中山 誠二 著
発行元 同成社
出版日 2020/05
価格 4,070

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はじめに
第1章 縄文人が利用したマメ
  1 日本人が利用しているマメのはじまり
  2 アズキか、リョクトウか?
  3 縄文のダイズ研究元年
第2章 マメの同定法
  1 古代の植物の研究法
  2 土器についた不思議な孔
  3 マメの部位と種類の見分け方
  4 さまざまなマメと種子の特徴
第3章 縄文時代のアズキ
  1 アジアヴィグナ
  2 現生アズキ亜属の観察
3 縄文時代のアズキ亜属の植物遺存体
  4 アズキ亜属の圧痕観察
  5 縄文アズキの出土分布
第4章 縄文時代のダイズ
  1 縄文中期ダイズの発見
  2 縄文ダイズの分布と拡散
  3 縄文ダイズの種子の形態的特徴
  4 縄文ダイズの形態と大きさ復元
  5 在来種の栽培ダイズの形態観察
  6 現生の栽培ダイズの形態的特徴
  7 現生ダイズと縄文ダイズの比較
第5章 マメ科植物の大型化と栽培化
  1 植物のドメスティケーション
  2 ダイズの起源地に関わる従来の説
  3 植物考古学のデータ
  4 遺伝学から見たダイズの起源
  5 縄文ダイズの種子形態の時間的変化
  6 縄文ダイズの栽培化プロセス
  7 ツルマメと中間タイプの発見
  8 アズキの栽培化
第6章 マメの栽培利用と調理法
  1 縄文時代の植物管理・栽培
  2 マメ科植物の利用と気候変動
  3 マメは主食だったのか?
  4 マメの調理法
第7章 マメと縄文人
  1 食料としてのマメの役割
  2 世界の新石器時代のマメ利用
  3 マメをとりまく精神世界
  4 古代の豆と和食とのつながり
  5 「縄文マメ学」の未来
 引用文献
 おわりに

1 本書の意義
 20年前、いや10年前としてもこのような明確にマメを謳うタイトルが考えられたであろうか? 縄文農耕論が活発に論じられた半世紀前にも一部を除きマメは俎上にあがっていない。最近こそ狩猟・採集に栽培という概念が定着し、マメ類利用の可能性が問われはじめた縄文時代ではあるものの、ここまで具体的に登場するとは。 
 中山誠二氏が導き出した結論を先に言う。「縄文時代におけるマメ科植物等の植物栽培は、狩猟・漁撈・採集による生業とともに組み合わされ、植物の生育状況に合わせて相互に補完的な関係にあったと考えている」。実に簡潔明瞭に表現される。 
 つまり一万年を超えて続いた縄文時代にあって、相当早い時期から野生マメ類の利用があり、五千年前頃からは栽培種が登場し始めたというのである。
 世界史的にみるとコムギ・アワ・キビを含むイネ科の穀物栽培にはマメ科植物が組み合わさるという。日本の場合これらイネ科の栽培は遅れるが、クリ・トチ・ドングリ類などの堅果類との組み合わせからは、世界の新石器時代と共通した栄養補給バランスを示すと。
 つまり、世界史的に見ても我が縄文時代におけるマメ類栽培は荒唐無稽ではないのだ。しかもその栽培化への道は、大陸からの伝来ではなくこの列島内での発生・展開のプロセスをたどることができる、数少ない栽培植物の一つとされる。
 まさに「日本文化」の一つの源流をたどることができる論の展開を、この書から読み取ることができる。

2 本書の構成
(1)栽培型認定までの経緯と内容 
 先に本書の意義を述べてしまったが、中山氏の論の展開は実に堅実であり科学としての方法を踏みしめた末の結論であり、またさらなる分野を超えての「縄文マメ学」への展開も課題とするものである。
 ここで本書の構成にふれよう。
 まず論の展開は、巻頭のダイズ圧痕電子顕微鏡写真とその土器のカラー写真からはじまる。それら写真の意義は、続く「はじめに」の文章で明らかになる。縄文中期最初のダイズ発見、それは山梨県酒呑場遺跡出土土器からの確認を契機に、レプリカ法による種子再現と数千点もの種子サンプルとの比較作業を経ての認定成果でもある。さらには日本国内における農耕起源論の見直しへの課題が提言され、本論への期待が膨らむ。
 このセンセーショナルな発見と意義とにすぐ踏み込むのではなく、認定に至るまでの地味な、気が遠くなるような時間と検証の手順にふれるところが、中山氏の堅実さを物語る。
 第1章では日本で現在利用されているマメ類の分類、そして縄文マメの研究史にふれる。そういえば鳥浜貝塚のリョクトウは一つの画期をなした記憶が残るが、それを含めダイズ研究までの軌跡が述べられる。
 第2章では土器圧痕およびシリコン樹脂を用いたレプリカ法の説明、植物学や小畑弘己氏等による先行研究を取り入れながらマメの種類・部位・構造からの見分け方にふれる。そしてさまざまな特徴を写真入りで解説、その結果ササゲ属アズキ亜属とダイズ属の2種類が縄文時代に最も利用されてきたことを確定する。
 以上の手順を踏まえた上で、第3章では縄文アズキの全国出土例および圧痕観察に入る。ここでもまず現生アズキ亜種の細部観察からはじまり、次いで縄文アズキの比較検討から認定へと一歩一歩進む。その結果、草創期から晩期に至る全国時期別分布図が出来上がる。就中、中期では山梨・長野を中心とした中部山岳地域に多く認められ、後期には北関東、東北、さらには近畿から九州地方まで日本列島全体に出土事例が広がる状況がとらえられている。
 第4章はいよいよ縄文ダイズである。まず冒頭のダイズ発見契機となった酒呑場遺跡例の詳しい解説からはじまる。中期中葉の土器の蛇体突起頭部に残された圧痕、明確に残る臍と幼根、長さ11mmを越える大きさ。レプリカの詳細な観察から栽培ダイズと認定する根拠が示される。CT調査からはさらにもう一個の痕跡が認められる。蛇体の頭部に埋められたダイズの意味は? 偶然か意図的か。その可能性については第7章を俟つ。
 この第4章では山梨県を中心に出土例の詳しい解説があり、全国一覧も掲載される。それらの形態・大きさについても現生標本との綿密な比較から野生ツルマメと栽培ダイズとの境界を求め、「縄文ダイズ」に野生と栽培種の中間形態すなわち初期段階の栽培ダイズの姿を想定する。
 第5章では野生種と栽培化について大きさの数値分類によりツルマメからダイズへの展開をとらえ、中期初頭にその画期を求めた。その境界とは野生ツルマメの長さ・幅・厚さを乗じた最大簡易体積を60mm3としてそれ以上を栽培型とする。それにより野生も含めたダイズ属利用は草創期から早期に遡り、早期後半には栽培型が出現、中期初頭に顕在化・複数化することがとらえられたのだ。
 縄文アズキについても同様な手法により、現生ヤブツルアズキの最大簡易体積45mm3を境に野生型と栽培型とに区分し、前期での野生利用を経て中期中葉以降に栽培種の顕在化を確認する。

(2)栽培型出現の背景
 かくして縄文時代にマメ栽培がはじまった事実と経過が解明されたのであり、しかも渡来ではなく列島の野生種からの展開が予測されたのであるが、そのプロセスについては、第6章で述べられる。中期初頭を画期とするがその要因として、縄文前期末から中期初頭の寒冷化・乾燥化という気候変動と打製石斧の増加による深耕などをあげる。つまり寒冷化により一時的に多くの野生種が減少する反面、人為的に選抜された種子が播種・育成されたボトルネック効果と説き、深耕と大型化との関わりについては南アジア例を取り上げ、それらが種子の大型化と一連の関連があったとみる。
 打製石斧の増加についてはすでに前期後半諸磯式期に確認できる。さらにイノシシ飼養や土偶の五体化なども含め中央墓坑型環状集落の形成、遺跡の増加などの現象がみられるこの時期を、評者は中期に向かう大きな胎動期とみている。しかし栽培型マメ類はまだこの時期には確認されておらず、期待のみ残る。
 なお中山氏が大型化原因の一つとして考えた、「異なる地域のダイズ属が交配することによってさまざまな特徴をもった雑種が生じ、その中から有用な形態が選抜され固定化されていった」ことは大変重要かと思われる。というのも前期終末から中期初頭は人の交流が実に活発化した時代である。土器から見ても、日本海から太平洋岸、東北・中部・関西方面といった交流が促進される時期なのだ。八丈島倉輪遺跡からは河西学氏が胎土分析により甲府盆地方面との関りを指摘した土器をはじめ各地域の土器や北陸・中部とも繋がる石製品も出土しているのだ。中期中葉に繋がる不思議な動物造形が土器を飾り始める傾向も、この時期広範囲に伝わっている。
 「異なる地域での交配」が栽培化ダイズを生み出したとするならば、ダイナミックな人の動きがあったこの時代の特性を無視するわけにはいかない。評者はこの前期末中期初頭を中期文化高揚への画期と考えている。
 さらに中山氏が考える縄文ムラモデルも魅力的である。特にムラと山林との緩衝地帯としての草地の存在である。ここはクズやワラビや野生マメが繁る草地でもある。評者もこのような空間を重要視しており、諸磯期に突如現れるイノシシ装飾土器もイノシシをはじめとした動物が集まる場所として注目した。中山氏が指摘した野生マメ類の利用も十分に考えられるのだ。
 さらに中部高地にマメ類栽培起源が求められていることにもふれておきたい。
 八ヶ岳山麓を含むこの地域の中期集落繁栄を支えた生業の一つに、マメ類栽培も加わることは研究成果の大きな点であろう。さらに中山氏は中部山岳地域から特にダイズ栽培種が周辺に広がるとする。この地域の中期集落の規模や分布密度から見るとその可能性はある。但しこの地域では中山氏を中心とした研究者が同様の視点で調査を続けており、マメ類圧痕にかかわる事例が増加していることも事実である。今後同程度での各地の調査事例増加が期待される。 
 最後に大きな課題として土器へのマメ混入の意味づけが残っている。第7章にてその問題にふれられている。土器への種子混入比率が少なく、意図的行為にしては余りにも事例が少なすぎるという見解があるとともに、土器の製作場所や工程の問題が指摘されてはいるものの、中山氏は酒呑場遺跡の蛇体把手への埋め込みという事例から、そこに強い意図性を考えている。土鈴に入れられたヤブツルアズキの例も加え、「マメと土器」「鳴る土偶」「土鈴」などに関わっての縄文人の精神世界を描き出しており、祈りへの行為を求めているように思われる。
 評者は中期中葉の土器に描かれたヘビ・イノシシ・カエル・そして女神の造形に独特の物語の存在を考える一人でもあり、ヘビ頭部に埋め込まれたマメについても物語の一線上で考えたくなる。しかも2個。偶然ならば土器製作者は粘土成形の際当然気付き取り除くであろう。火にかけることにより豊かな食べ物をもたらしてくれる土器、それこそマメ類の意味に通ずるのではないだろうか。土器造形を考える上でもさらなる課題がもたらされたのである。

3 おわりに
 中山氏の研究はまず稲作の起源を求めるところから始まっており、それに関連する論文も数多い。その後、稲も含め植物利用の考古学といった広いテーマに進み、やがて縄文土器の種子圧痕に取り組みはじめたその矢先、中期土器からダイズ種子を発見する。山梨県酒呑場遺跡の例の土器からである。中山氏の研究に合わせるような、2007年の出来事であった。その後の地道な研究の手順や方法はすでに述べたとおりであるが、その堅実な歩みはさらに続く。本書第6章ではマメの調理法に踏み込み、野生ツルマメの採集から発酵にまで作業を進め、ついには縄文納豆の製造とでもいうべき実験まで行っている。最後には文献まで含めた古代の豆と加工法にまで進み日本食の伝統とルーツに及んでいる。ここに「マメと縄文人」へのあくなき夢が膨らむ。正に「日本文化とは何か」を考える一つの手がかりが本書に示されていよう。 
 以上本書の紹介をさせて戴いたが、拙い書評にてこの奥深い論考の神髄にはなかなか迫ることができない。ぜひ一読をおすすめするとともに、中山氏が提唱した「縄文マメ学」のさらなる展開を期待する次第です。
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