<内容>※本誌”開催趣旨”より
　「倭城」とは、朝鮮出兵で豊臣軍が朝鮮半島に構築した一連の城郭群をいいます。その本格的な研究は、1979年の倭城址研究会『倭城I』の刊行を嚆矢に、1999年、2005年に九州大学、大阪市立中央公会堂で開かれたシンポジウムによって飛躍的に進展しました。これらで得られた知見は多岐にわたりますが、その中でも特に、倭城の縄張りが本邦城郭の標準遺跡である一方で、国内城郭とは相違点を持つこと、そこに朝鮮出兵の内実を紐解く鍵があるという視点を確認したことは大きな成果でした。
そして、新たな課題として、倭城と国内城郭の比較研究にあたって、倭城構築以前と以後の国内城郭の差異を確認する必要が出てきました。なぜなら、織豊系城郭を特徴づける個々の技術(高石垣・枡形虎日・横矢掛り・瓦葺礎石建物など)自体は倭城以前に出揃いますが、朝鮮出兵・関ヶ原戦の後の築城ラッシュでは城の規模や縄張りのシステム(プランの定型化や、本城と支城の在り方など)に大きな変化があったように思われるからです。例えば大名居城の場合、朝鮮出兵段階では国持大名の城であってもその大半が母城クラスの倭城の規模・仕様に及ばなかったのに対し、関ヶ原戦の後は国持をはじめ中小大名の城でも倭城を凌ぐものが続出します。
　今日、朝鮮出兵については、侵略戦争という現行の歴史認識と価値観に予定調和させるかのように、秀吉の国際認識の欠如や伝令に要する時差が生んだ作戦計画の齟齬などを挙げて出兵の失敗を当然の帰結と論断し、豊臣政権の崩壊と撤収後の国内の逼塞感に繋げる叙述が殆どです。しかし、城郭の面から大名家当主をはじめとする上級領主の様子をみると、朝鮮出兵で莫大な人的・経済的消費をした後も決して逼塞することなく、むしろ倭城構築をバネにするかのように、領国からの更に膨大な物的・人的収奪と築城エネルギーの集約(領主層の結集と統制)を要するはずの近世城郭の築城ラッシュを展開しています。この現象に鑑みれば、倭城構築という従前にない過酷で膨大な普請と織豊系城郭技術の粋を擁した一大築城事業を通じて上級領主層が得たものは、“物的・人的収奪に対する領国の耐力は統一政権の統制による内戦の激減で予想外に増強されており、過酷な搾取を続けてもさほど簡単には破綻しない"という認識と、“領回支配との安定には豊臣政権が示した領主結集体としての統国家という枠組みの継承が(たとえ盟主が豊臣氏から徳川氏に移ろうとも)有効である"という認識に加えて、この認識に沿つた新たな領主像を目指すことへの手応えだつたのではないでしょうか。つまり、倭城構築の苦行は近世大名領国制創出の梃子を成したという観点から評価できないでしょうか。
また、朝鮮・明国軍将兵が倭城の異様な姿とその頑強な戦闘力、城を基点に急速に進む豊臣軍の実効支配に驚愕していた様子もわかつてきました。豊臣軍将兵と同様、異民族戦争での異文化との遭遇に強烈な戸惑いがあつたようです。そして、倭城攻めでの苦戦の経験は朝鮮国の城制を揺さぶり、石垣の形態に影響を与えます。一方で、縄張り(プラン)の形態には特に大きな影響は窺えません。
そこには朝鮮国の如何なる事情があったのか興味が持たれます。このように、当時の国際認識の問題についても単に秀吉のみが欠如をしていたかのような従来の偏向的な捉え方ではなく、双方の実態を突き合わせた再考が必要であるように思われます。
以上の事柄を論点に、倭城は本邦そして朝鮮国にとつて何だつたのか、その位置づけについて皆様と忌憚ない議論を交わせることを期待しております。
<目次>
第I部 前回総括・研究報告・基調報告
前回総括
中西裕樹　1999年九州大学・2005年大阪市立中央公会堂シンポの総括-2011年倭城研究シンポジウム�兇忘櫃靴動�
研究報告��
権純康　子城台倭城の発掘調査
研究報告��
永恵裕和　中川貴皓　倭城併行期の畿内近国の様相
研究報告��
多田暢久　東国における倭城並行期の城郭
研究報告��
山崎敏昭　倭城の瓦研究最新事情―涸川倭城の調査事例を通して一
研究報告��
黒田慶一　秀吉軍の日本搬入の朝鮮瓦について一東莱倭城との関係から
研究報告��
堀口健弐　倭城石垣の矢穴技法について
研究報告��
慮永九　17世紀における朝鮮城郭の発達に関する一試論―戦争の様相変化を中心に―
基調報告I
高田徹　文禄・慶長の役前後(併行期)の国内城郭の様相
基調報告��
岡寺良　倭城と国内城郭〜縄張りにみる連続性と非連続性―
基調報告��
福島克彦　豊臣期京都の城館と総構
基調報告��
中西義昌　豊臣政権下の国内城郭と倭城―城郭遺構からみた朝鮮出兵と豊臣政権―
基調報告V
太田秀春　朝鮮王朝の日本城郭認識
第�局� シンポジウム討論