【正誤表】
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【内容】
　縄文人の起源・系統は、人類学的にも考古学的にも未解明である。また、縄文人の社会組織―家族・婚姻制度、親族組織、母系・父系出自など―についても、確実なことはまだ何もわかっていない。群馬県居家以(いやい)岩陰遺跡の出土の縄文早期人骨を対象とした本研究プロジェクトは、考古学と人類学が連携し、骨考古学の先端技術を応用して、こうした未知の重要課題に挑戦するものである。
　居家以人骨は岩陰内に堆積した灰層中に埋葬されていたために保存状態が良好であり、骨の形態だけでなくコラーゲンやDNAをよく保存している。早期縄文人の人類学的特徴を解明できる第一級の人骨標本であり、縄文人の遺伝学的系統、初期縄文人の形態的特徴・地域性、健康状態や個体生活史などを解明しうる貴重な学術的価値をもつ。縄文早期人骨のミトコンドリアDNAの全塩基配列からハプロタイプが正確に把握されたことは、縄文人の系統や多様性に関して一つの確実な遺伝学的情報をもたらす画期的な成果である。なかでも、年代の近似する複数の個体間に同一のハプロタイプが確認され、同一母系血縁を受け継ぐ母と娘あるいは姉妹の可能性が推定されたことは、早期縄文人の社会組織や婚姻制度を知る重要な手がかりとなる。
　また、居家以人骨の発掘調査から、縄文早期の葬制についても新たな事実が突き止められてきた。約8600〜 8200年前の早期後葉の頃には岩陰内が集合的な埋葬地として利用されており、未調査区域を含めると数十個体の人骨が埋葬されたと推定される。300年以上にわたって埋葬が続けられていたことや、埋葬個体群の中に血縁関係が確認された親族が含まれることから、集団墓と考えてよいだろう。縄文時代の葬制の歴史では、最も初期の段階の集団墓といえる。さらに注目すべきことに、遺体の切断を伴う特異な埋葬様式があったことも明らかとなってきた。ミイラ化した遺体の上半身と下半身を切断した可能性のある事例が次々と見つかり、縄文早期の人々の死生観や倫理観に関して大きな問題を投げかけている。
　葬制は単なる死体処理ではなく、死者を弔い他界に送る儀礼の体系であり、社会集団の存続にとって重要な意味をもつ文化制度である。また集団墓の造営は、親族集団の紐帯原理となる祖先観念や血縁の認知に深く関わっている。居家以人骨の調査研究は、早期縄文人のそうした社会的観念と倫理、儀礼行為を紐解くものでもあり、縄文社会の形成がどのように始まったのかを解明する上でも重要な意義をもつ。

第1章　研究目的と研究組織
　　　1研究目的と学術的意義
　　　2研究方法と研究組織
第2章　居家以人骨の発掘調査
　　　1居家以岩陰遺跡の概要
　　　2居家以岩陰遺跡の埋葬人骨
　　　3フォトグラメトリによる人骨出土状況の三次元測量と図化の方法
第3章　出土人骨個体と埋葬状況
　　　1出土人骨個体の概要
　　　2出土人骨個体と埋葬状況
第4章　出土人骨の人類学的記載
　　　11号人骨
　　　24号人骨
　　　38号人骨
　　　410号人骨
　　　512号人骨
　　　615号人骨(+2号人骨)
第5章　出土人骨の放射性炭素年代測定と炭素・窒素同位体分析
　　　1資料と方法
　　　2分析結果
第6章　ミトコンドリアDNAならびに核DNAの分析
　　　1はじめに
　　　2居家以人骨のミトコンドリアゲノム全容解読
　　　3居家以人骨のミトコンドリアタイプ
　　　4居家以人骨の核ゲノム情報
　　　5核ゲノム情報に基づく居家以人骨の性別判定
第7章　研究成果と学術的意義
　　　1居家以人骨の骨考古学研究
　　　2ミトコンドリアDNA分析の研究成果
　　　3縄文早期の葬制に関する研究成果
　　　4総　括

編者紹介
谷口 康浩　(たにぐち やすひろ)
1960年 東京都生まれ
現職　國學院大學文学部教授　博士(歴史学)
専門分野　先史考古学、とくに縄文文化・縄文社会の研究
　土器の起源と縄文文化の成立、環状集落と親族組織、縄文時代の葬制、儀礼祭祀の発達と社会複雑化などが主な研究テーマ。2014年より群馬県居家以岩陰遺跡の学術発掘調査に取り組む。
主要著書　
　『大平山元�軌篝廚旅邑迭慊敢此�(編著、1999年、大平山元遺跡発掘調査団)
　『環状集落と縄文社会構造』(2005年、学生社)
　『縄文時代の考古学』全12巻(共編著、2007年〜2010年、同成社)
　『縄文文化起源論の再構築』(2011年、同成社)
　『縄文時代の社会複雑化と儀礼祭祀』(2017年、同成社)
　『入門　縄文時代の考古学』(2019年、同成社)
　『土偶と石棒―儀礼と社会ドメスティケーション―』(2021年、雄山閣)

執筆者紹介　(執筆順)
谷口康浩　 (前掲)
大日方一郎　(おびなた　いちろう)　國學院大學文学部助手　
茅原明日香　(ちはら　あすか)　千歳市教育委員会
近藤 修　(こんどう　おさむ) 　東京大学大学院理学系研究科准教授
米田 穣　(よねだ　みのる) 　東京大学総合研究博物館教授
尾嵜大真　(おざき　ひろまさ) 　東京大学総合研究博物館特任研究員
大森貴之　(おおもり　たかゆき) 　東京大学総合研究博物館特任研究員
植田信太郎　(うえだ　しんたろう) 　東京大学名誉教授
水野文月　(みずの　ふづき) 　東邦大学医学部助教

執筆分担
　第1章　第2章1・2　第7章　谷口康浩
　第2章3　大日方一郎
　第3章　谷口康浩・茅原明日香・大日方一郎
　第4章　近藤 修
　第5章　米田 穣・尾嵜大真・大森貴之
　第6章　植田信太郎・水野文月