【内容】
古墳はまぎれもなく墓であり、そこには被葬者の性格や社会関係だけでなく、生きている側の意図や主体性が介在する。本書は、実際に埋葬をおこなう生者の側に焦点を当て、「埋葬行為」と「社会的記憶」の2つの概念から古墳時代後・終末期の埋葬施設を検討することで、古墳時代の終焉とその社会変化に接近するものである。常総地域における箱式石棺の埋葬行為や、東日本における横穴式石室の利用期間や人骨出土状況の検討を中心に、6・7世紀における「祖先」や過去の死者への多様な行動の実態を明らかにする。

【内容】(研究者向け)
　本書は、実際に埋葬をおこなう生者の視点から古墳時代後・終末期の埋葬施設を検討し、その社会変化を考察するものである。本書では生者の側に焦点を当てるため、「埋葬行為」と「社会的記憶」の2つの概念を通して検討を進めた(第2章)。「埋葬行為」とは埋葬時における生者の身体行為で、埋葬施設の諸要素を行為として捉え、行為者に内在する社会規範に接近する。「社会的記憶」は、欧米考古学における「過去の過去」の議論と関連して、追葬・再利用時における行為者の意図性や戦略性に目を向けるものである。
この視点を基軸として東日本の事例を中心に分析をおこなった。常総地域(茨城県南部・千葉県北部)では、先葬者への働きかけの中で、6世紀前葉には箱式石棺であったものが、6世紀後葉以降に横穴式石室的な埋葬行為に変容していくことを実証的に示した(第3〜5章)。東日本における横穴式石室の埋葬方法では人骨の移動・再配置を伴う「二次葬的状況」が顕著であることを指摘した(第7章)。また、横穴式石室の利用期間は基本的に短期間であるが、墓域の展開と軌を一にして7世紀代にあえて古い石室を利用する場合に長期利用がみられることなどを指摘した(第9・10章)。さらに、考古学と文献史学の成果から、「祖先」あるいは過去の死者が7世紀社会で重要な役割を果たしたことを示した(第11章)。このように、古墳時代後期後半から終末期の東日本全体として、「祖先」を意識しつつ、先葬者への儀礼的行動が顕著にみられることが明らかとなった。
　死者の埋葬や先葬者への儀礼的行動を通して、祖先の物語や来歴といった一定の社会的記憶が共有され、先葬者への儀礼的行動を主体的におこなうことそれ自体が、行為者の正当性や社会的立場を安定化・再生産したと推測した。つまり、古墳時代後・終末期を通して「どのような墓をつくったか」よりも「墓を通して誰とのつながりが深いか」によって、行為者の社会的立場が決定されるように変化していった可能性が提示され、古墳が終焉を迎える背景に接近した。
(筑波大学大学院人文社会科学研究科学位請求論文を骨子とし、新稿や既発表論文の改稿など加筆・修正をおこない刊行)

序　章　本書のねらいと立場
　第1節　本書の目的と立場
　第2節　本書の構成
　第3節　用語と概念規定
第�吃堯）篩鮃坩戮陵�論的枠組み
第1章　古墳時代後・終末期の埋葬をめぐる現状
　第1節　古墳時代後・終末期における埋葬とその儀礼
　第2節　古墳時代後・終末期の社会的状況
　第3節　古墳時代後・終末期の埋葬研究の現状
第2章　2つの理論的枠組み　埋葬行為と社会的記憶
　第1節　古墳時代後・終末期の埋葬をめぐる2つの問題点
　第2節　埋葬行為の理論的枠組み
　第3節　社会的記憶の理論的枠組み
　第4節　埋葬行為と社会的記憶
第�局堯仝妬�時代後・終末期の埋葬行為とその変化　ケーススタディとしての常総地域
第3章　常総地域の地域性と一石棺内複数埋葬の展開
　第1節　常総地域の地域的特性と埋葬施設
　第2節　常総地域における地域区分と時期区分
　第3節　一石棺内複数埋葬の導入と展開
　第4節　一石棺内複数埋葬の背景
第4章　箱式石棺の埋葬方法とそのプロセス
　第1節　埋葬方法に関する問題と視点
　第2節　箱式石棺における埋葬の分類と検討
　第3節　埋葬プロセスとその評価
　第4節　二次葬的状況をめぐる評価
第5章　箱式石棺における埋葬行為とその変化
　第1節　視座と方法
　第2節　埋葬行為に関する分類と概念
　第3節　各要素の傾向と変遷
　第4節　箱式石棺の埋葬行為とその変化
　第5節　常総地域における埋葬行為の変容　石棺と石室
第6章　埋葬施設の破壊と再構築　常総地域を中心に
　第1節　埋葬施設の破壊と再構築をめぐる論点の整理
　第2節　埋葬施設の破壊と再構築の事例
　第3節　埋葬施設の破壊と再構築をめぐる社会的状況
　第4節　日本列島における古墳の破壊と再利用
第�敬堯＿７蠎粟仄爾砲�ける埋葬行為と社会変化
第7章　東日本における横穴式石室の埋葬方法
　第1節　横穴式石室の埋葬方法をめぐる視点
　第2節　各地域における人骨出土石室の検討
　第3節　人骨出土状況からみた埋葬方法の分析
　第4節　先葬者に対する儀礼的行為
　第5節　東日本の横穴系埋葬施設と埋葬方法
第8章　関東地方における横穴式石室の埋葬行為
　第1節　埋葬行為とその視点
　第2節　各要素の分布と傾向
　第3節　各地域における階層的傾向
　第4節　関東地方における埋葬行為の特質
第9章　横穴式石室の利用期間と追葬行為
　第1節　横穴式石室における追葬をめぐる議論
　第2節　東海地方東部における横穴式石室の利用期間
　第3節　横穴式石室の長期利用とその背景
　第4節　追葬行為者からみた横穴式石室の利用
第10 章　埋葬行為からみた薄葬化の一側面
　第1節　終末期群集墳における薄葬化をめぐる課題
　第2節　埋葬施設の小型化と埋葬行為
　第3節　群集墳における追葬と再利用の実態
　第4節　終末期群集墳における薄葬化と追葬・再利用の関係
第11 章　古墳時代後・終末期における「祖先」の社会的役割
　第1節　「祖先」の概念とその意義
　第2節　古墳時代研究における「祖先」
　第3節　文献史学からみた「祖先」
　第4節　古墳時代後・終末期における「祖先」のあり方
終　章　埋葬行為と社会的記憶からみた7世紀の社会変化
　第1節　古墳時代後・終末期における「過去の死者」の位置付け
　第2節　先葬者への行為と7世紀の社会変化
　第3節　結論と課題
参考文献一覧
掲載古墳一覧
図版出典
あとがき

著者略歴
荒井 啓汰　(あらい けいた)
1995 年　栃木県那須烏山市生まれ。
2023 年　筑波大学大学院人文社会科学研究科一貫制博士課程修了
博士(文学)。
現在　栃木県立博物館研究員。
主な著作
「常総地域の箱式石棺からみた古墳時代後半期の埋葬行為」(『考古学研究』第67巻第3号,考古学研究会,2020 年)
「東日本の横穴式石室における埋葬方法　人骨出土状況の検討を中心に」(『筑波大学 先史学・考古学研究』第33号,筑波大学,2022年)
『埋葬施設からみた常総地域の地域構造』(筑波大学大学院人文社会科学研究科,2023年)