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第72回 (2021,06,09)
関 俊彦 著 『カナダ 北西海岸の先史時代』

評者: 佐藤 誠 (茨城県陶芸美術館)

書名 カナダ 北西海岸の先史時代
著者 関 俊彦 著
発行元 六一書房
出版日 2021/03
価格 2,420

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プロローグ
第一章 北西海岸域の先史文化
第二章 セーリッシュ海域の先史文化
第三章 ワシントン州北部の先史文化
第四章 コロンビア川下流域とウィラメット川流域の先史文化
エピローグ

 自分のような世代には、カナダ北西海岸の人々といえば、西部劇における征服者と格闘するインディアンとか、ドキュメンタリー番組に登場する極寒に生活するエスキモーの姿が思い浮かぶ。いずれにしても太古以来の伝統を受け継ぎながら厳しい自然とともに暮らしてきた人々の印象が強く、彼らの文化について考えることはほとんどなかった。ところが、本書に先行して出版された「カナダ北西海岸民の生活像」や「カナダ北西海岸域の先住民」には、自然への崇敬の念を抱きながら伝統文化を大切に受け継ぎ、豊かな資源のもとで独自の文化を育んできた先住民の姿がみずみずしく描かれており、大変興味深い内容が綴られている。
 プロローグには「先住民が創造し、形づくったものもあるが、断片的とはいえ紀元前までたどりつくモノもある」と記されている。著者は、まず前掲書においてカナダ北西海岸の先住民が、近現代にどのような暮らしをしていたかを紹介している。そしてその研究に基づいて、先住民の遺跡を探り、そこに残された遺物や遺構が現代の先住民の生活とどのように結びついているのかを、本書で明らかにしようとしている。その点を踏まえると、本書を読む際には前掲書2冊を手元に置きながら読むことをおすすめしたい。本書は当該地域の先史時代〜歴史時代の概説書である。遺跡のことや出土遺物は多数掲載されているが、それらの遺物がどのように使われたかとか、生活の様子などの具体的な記載は少ない。ところが前出の2冊の本には、20世紀頃までの先住民の暮らしが克明に記されている。特に参考になるのは、様々な漁の道具や方法、信仰、儀礼等に関する記述である。このような事実を、過去の遺構や遺物から読み取ることは難しい。しかし、前掲書には遺跡から発見された遺物とあまり違わないモノや、近い形状のモノを使用する先住民の姿が記されている。それぞれのモノの変遷を辿ることで、先史時代の遺物と近現代の生活とのつながりが分かるので興味深い。その点で前掲書は本書の理解を深める上で必携すべき書籍である。
 そもそも著者は、本書にしばしば登場するリチャード・ピアソン教授(ブリティッシュ・コロンビア大学)と40数年前に出会い、カナダの遺跡や博物館を見学している。その一方で、トラック諸島からハワイ諸島にかけて現地を訪れ、時には発掘調査なども行い、オセアニア地域の先住民のくらしについても研究している。著者は当時から、カナダだけでなく太平洋という広大な地域をフィールドとして、研究資料を収集していた。そして、構想から40年の時を経て、カナダ北西海岸地域の先住民の歴史をまとめたわけである。
 本書の構成であるが、カナダ北西海岸の先住民を海洋民族ととらえ、特に海峡や大河といった地形によって北から4つの地域(北西海岸域、セーリッシュ海域、ワシントン州北部、コロンビア下流域とウィラメット川流域)に大別し、さらにそれらの地域を川、島などの自然地形から3〜4カ所に細分してそこに育まれた文化を詳察している。それぞれの文化の年代決定については出土遺物によって新旧関係を確認しているが、対象とする範囲が広く、地域によってはほとんど遺跡がなく確認できないこともあり、その場合には放射性炭素14を活用している。断片的ともいえる史実をわずかな手がかりから新旧関係を確認することもあり、通史としてまとめ上げるにはかなりの困難が伴ったことと思われる。

ガーデン島セント・マンゴ遺跡出土の銛、骨製品、石器

 最初に本書の表表紙に描かれた挿絵を見た時は、日本の縄文貝塚の出土品が掲載されているように感じられた。実際の挿絵はカナダ北西海岸の遺跡から出土した石器や骨角器であるが、日本の貝塚から発見されたと言われても違和感がないものばかりである。カナダの先史文化は、日本の縄文文化と類似する部分が多いため、無意識のうちに縄文文化と比較しながら読み進めてしまうことがあった。そこで、特に面白いと感じた点を以下に示した。
 最も興味を引いた点は、食糧資源としてのサケに関する記述である。地域や時代にかかわらずサケ漁は、先住民にとって生活の中心的な営みである。出土遺物だけで漁の様子を想像することは難しいが、前掲書には具体的な手段がわかりやすく記されている。それらのサケ漁の記述を読んでいると、山内清男によるサケ・マス論が思い出された。サケ・マス論を荒っぽく要約すると、北日本の縄文人はサケ・マス漁を中心とした生活を送っていて、カナダ北西海岸の先住民と類似する生活様式であったとする考え方である。今ではあまり論じられなくなったが、本書を読んでいると新たな視点に気付くこともあり、サケ・マス論を再検討するべきではないかと思わされた。
 次は、なぜ先住民は土器を使用しなかったのかという点である。縄文文化との共通点はいくつも認められるが、大きな違いは土器の使用である。縄文時代の土器は貯蔵や煮炊きの道具とされる。特に後者の機能は他のモノには代えがたく、多くの物質を可食化したことでは革命的とさえ言える発明である。一方で、カナダ先住民の遺跡からは調理具としての土器が発見されることはなく、木器に焼けた石を入れて調理する状況で、食物を長時間煮ることはできなかった。また、クワキトル族によるユーラコン(オオカミウオの一種)の魚脂抽出は、木製容器やカヌーに焼石を投入して得ているが、土器を使用していたらもう少し効果的に得ることができたのではないかと思われる。なぜカナダ先住民は土器を持たなかったのか、疑問は残るばかりである。
 遺物において特に注目されるのが、豊富な骨角器である。逆刺のある大型の銛や離頭銛、ヤスなどが多いが、遺跡から出土した動物遺存体などから海獣や大型の魚類を捕獲するために使用したことが分かっている。日本においてこのような骨角器は、外洋に面した地域に存在する貝塚からしか発見されない。本州では余山貝塚(千葉県)や沼津貝塚(宮城県)、北海道のオホーツク海に面した地域の貝塚などで、内湾に位置する貝塚からは発見されない。このような漁具を使った人々が、積極的に外洋に出漁し、漁撈活動を行っていたことは、カナダ先住民との共通点と言える。

18世紀の先住民が用いた各種の銛
 その他にも、興味深い遺物として、唇飾り、タバコ用パイプ、石杵等がある。唇飾りは18世紀の民俗資料があるから用途が分かる。しかし、このような記録もなく遺物だけが発見された場合にすぐに唇飾りと分かるのだろうか。つまり、縄文時代にも同じ様な遺物−つまり唇飾りはなかったのか。タバコ用パイプは時代が下ってからの産物であるが、このような風習はどんなことがきっかけでうまれたのか。石杵も磨石も出土しているが、堅果類を粉にするという用途で使用するために作られたのだろうか。加工する対象が違ってはいないか。思いつくだけでもいろいろな疑問がわいてくる。
 本書は、あまり日本に紹介されることがなかったカナダ北西海岸の先史時代が網羅的でかつ分かりやすくまとめられているので、当該地域の歴史を学ぶためには必読書と言えるだろう。関心のある方にはもちろん、日本の先史時代研究者にも示唆的な内容が記された一冊と考える。
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