HOME書評リレー > 書評: 東日本大震災と遺跡に学ぶ津波防災

第71回 (2021,05,26)
斎野 裕彦 著 『東日本大震災と遺跡に学ぶ津波防災』

評者: 小倉徹也 (大阪市教育委員会文化財保護課)

書名 東日本大震災と遺跡に学ぶ津波防災
著者 斎野 裕彦 著
発行元 同成社
出版日 2021/03
価格 1,980

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序章 東日本大震災前後の研究
第1章 東日本大震災が教える津波痕跡
  1.地層中から津波災害の痕跡を探す
  2.東日本大震災以降の津波災害痕跡研究
  3.総合化による津波災害史の構築
  4.研究対象の歴史的・地形的環境
第2章 弥生時代:約2000年前の津波災害
  1.沓形遺跡の調査
  2.荒井広瀬遺跡の調査
  3.荒井南遺跡の調査
  4.中在家南遺跡の調査
  5.富沢遺跡の調査
  6.高田B遺跡の調査
  7.中筋遺跡の調査
  8.津波の規模と波源の推定
  9.仙台平野の津波災害
  10.津波災害と社会
第3章 平安時代:貞観11年の津波災害
  1.平野北部の沼向遺跡の調査
  2.平野中部の下増田飯塚古墳群の調査津波災害痕跡
  3.『日本三代実録』の記事の検討
  4.集落動態と貞観11年(869)の津波災害の実態
第4章 江戸時代:慶長16年の津波災害 
  1.高大瀬遺跡の調査
  2.沼向遺跡と和田織部館跡の調査
  3.文献史料の研究の現状  
  4.発掘調査成果と文献史料の取扱い
第5章 予測できない津波に備える
  1.東日本大震災の津波と過去の津波の関係
  2.災害考古学における津波災害
  3.東日本大震災以降の津波防災
  4.南海トラフ巨大地震と南海トラフ地震
  5.予測できない津波に備える
終章 これからの防災・減災に向けて

 東日本大震災から3年が経過した2014年、震災復興事業の一環として私が福島県に出向したとき、仙台市で行われた会議の席で著者の斎野氏と初めてお会いした。仙台市教育委員会で長年に渡って埋蔵文化財調査に携わり、震災以前より遺跡の発掘調査成果から仙台平野の津波災害について研究されていた。専門は考古学、にも関わらず地形学や地質学にも大変造詣が深いことに驚いたことをよく憶えている。その研究成果は『津波災害痕跡の考古学的研究』(斎野2017)にまとめられており、一般向けに分かりやすく再構成されたものが本書である。
 自身も仙台市で被災され、その後、自らの研究成果を国内ばかりでなく海外にも広く伝え、世界に向けて発信を続けている。
 目次から本書の内容は容易に想像がつくと思うが、わかりやすく、かつ簡潔にまとめられ、著者の考えと思いが詰まった一冊となっており、ワクワクしながら読み進むことができた。
 序章では、震災の前後で、津波の研究状況に大きな変化があったことが簡潔にまとめられている。震災以前は地質学、地形学など主に自然科学の分野が行っていた個別研究が中心だったが、震災後、考古学や歴史学などを含めた地球科学の多くの分野が連携して、人間と災害の関係を総合的に考える総合化が必要と説き、その主導的な立場に立って牽引されてきた。その具体的な検討項目として、①津波堆積物の識別、②年代・時期の推定、③地形・海岸線の復元、④津波の規模の推定、⑤津波の波源の推定、の5項目を上げて、これらを相互に検証しながら進める津波災害痕跡の新たな調査研究方法を提起された。次章で詳しく解説されている。
 第1章では、第2章〜第4章の内容を理解するために必要な基本事項が解説されている。津波堆積物とは何か、津波の遡上距離と砂質堆積物・泥質堆積物の分布、復元した古地形(地形環境)と遺跡の立地との関係、東日本大震災の津波によって被災した現代の津波痕跡についても説明されている。また、津波と高潮の堆積物の違いについても触れ、津波堆積物の認定の難しさと重要性について指摘されているところは、著者と話したことがあったため、興味深く読み進むことができた。
 第2章〜第4章では、新たに提起した津波災害痕跡の調査研究方法を用いた仙台平野での実施例が紹介されている。
 第2章では弥生時代中期中葉、約2000年前の津波災害について、仙台平野中部の6遺跡と南部の1遺跡を例に、①〜 ⑤の5項目の検討結果や地形環境、津波前後の集落動態(集落の存続と廃絶)、津波による社会変化にまで及ぶ総合的な調査・研究が紹介されている。
 その1つ、沓形遺跡の調査では、調査地で詳細な層序を組み立て、津波堆積物を認定し、出土土器の編年と14C年代値との比較、地割れ跡や津波堆積物の珪藻分析、周辺の調査との対比を行って、当時の海岸線を考慮し、津波堆積物の遡上距離、さらには泥質堆積物と砂質堆積物の分布について詳しく検討されており、東北学院大学の松本秀明氏と共に行った総合化の実践例として紹介されている。また、津波以降の集落の存続と廃絶を地形環境に応じて理解することや、当時の社会情勢まで踏み込んだ考察がなされており、充実した内容となっている。
 第3章では平安時代、貞観11年(869年)の津波災害について、遺跡の調査例に加えて、文献資料の「日本三代実録」の記事を比較検討して紹介され、記事内容と発掘調査結果との相違点について整理し、津波の規模と社会情勢、そして政治にまで及んでおり、非常に興味深い内容となっている。第4章では江戸時代、慶長16年(1611年)の津波災害について、文献資料を中心とした検討がなされている。
 第5章では、第2章〜第4章で紹介した津波痕跡と東日本大震災を比較、整理し、総合的に検討されている。その中でも、東日本大震災の津波に比べて弥生時代の津波の規模は同じかやや大きく、平安時代の津波はやや小さかったとの結果が得られたことは、震災後に東日本大震災が平安時代の津波と同規模と報道されたことは正確ではなかったことを明らかにしたばかりでなく、今後の津波防災を考える上でも大変重要な指摘であると思う。
 津波災害の理解を深めるためには、発掘調査などの研究成果を広く共有して過去の津波災害を理解することが必要であり、ハザードマップを活用して過去の津波到達距離などを実際に現地で認識することが大切であると述べられている。そして、津波防災には、地域ごとの津波災害史を構築してこれをよく理解し、共有して後世に伝えることが重要で、このことが震災時の冷静な状況判断と的確な行動に結び着くと指摘されている。正しい判断のために、広く人々に知っていただきたいポイントである。
 終章では、寺田寅彦の防災・減災の考え方、「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向がある。」(寺田1934)との指摘を引用し、福島第一原子力発電所の事故もその一例であるとして、人々が地震や津波をよく知り、津波災害史をさらに進化させることで、防災・減災に貢献できると期待も込めて結ばれている。
 沿岸地域において、津波を発生させるような大規模な地震に遭遇したとき、私たちがどうすべきか、取るべき具体的な行動を決めるためにも、是非、多くの方々、特に沿岸地域に住んでいる方には読んでいただきたい書である。
 斎野裕彦2017 『津波災害痕跡の考古学的研究』同成社
 寺田寅彦1934 「天災と国防」(1997『寺田寅彦全集第7巻』岩波書店、初出は『経済往来』第9巻第11号 日本評論社)

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