書評コーナー

第67回 2020.11.04

カナダ 北西海岸民の生活像
発行元: 六一書房 2019/12 刊行

評者:上野昌之 (東洋大学文学部 助教)

カナダ 北西海岸民の生活像

著書:関 俊彦 著

発行元: 六一書房

出版日:2019/12

価格:¥2,530(税込)

目次

Archaeology Squareシリーズ第8冊
プロローグ
第一章 ハイダ族の社会
 一 はじめに
 二 生活域と自然環境
    生活域/自然環境
 三 物質文化
    居住形態/建造物/漁撈/食用植物と貝類/
    年間の活動サイクル/仕事/交易/技術/造形
 四 社会組織
    系譜/地位/儀式/人生の暦
 五 おわりに
第二章 先住民の漁撈
 一 はじめに
 二 釣り針
    オヒョウ用の釣り針/サケの流し釣り/
    サケ用のガフ釣り針(引っ掛け)
 三 簎・銛
    簎/銛/チョウザメ用の銛頭/アザラシ・アシカ漁/クジラ漁/
    ニシン用の懸鉤
 四 網・網漁
    網/ユーラコン漁の網
 五 𥱋・魞
    𥱋/魞
 六 貝の採取
 七 魚の調理と保存
 八 おわりに
第三章 先住民の造形
 一 はじめに
 二 平面手法
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/ベラ・ベラ族/
    ベラ・クーラ族/クワキウトル族/ヌートカ族/
    中央海岸セイリッシュ族/南海岸セイリッシュ族/コロンビア川下流域
 三 彫 刻
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/
    ハイスラ族、ベラ・ベラ族/ベラ・クーラ族/クワキウトル族/
    ヌートカ族/セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族/
    サウスウエスタンコースト・セイリッシュ族/ロワー・コロンビア地方
 四 籠細工
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/
    ノーザン・ワカシャン族、ベラ・クーラ族/ヌートカ族/
    ノーザン・セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族/
    サウスウエスタンコースト・セイリッシュ族/
    ロワー・コロンビア地方/オレゴン州沿岸
 五 織 物
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/ベラ・クーラ族/
    クワキウトル族/ヌートカ族/セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族
 六 おわりに
エピローグ
索 引

 著者は弥生時代の著名な研究者である。長年考古学の研究をしてくる中で、考古学は人間のドラマを資料から復元するのが大きな役割だと考えている。考古学は遺物や遺構をもとにそのおかれた自然環境などから当時の人々の生活様式、文化や社会の復元を行おうものだと考えている。その手法は伝統的な日本考古学の土器形式や遺構の分析はもとより、文化人類学や文化生態学など周辺諸科学から幅広い知見を得、先史社会やその時代の人々の行動やその背後にある世界観を考えるものである。
 ご存知のように弥生時代は稲作農耕の普及により西日本から本州北部まで広がった文化の総体である。波状的な渡来人の移住により、それまでの縄文時代から新たな文化が広がっていった。渡来した人々と縄文人との融合で新たな社会が生まれ、文化も言語も変容していったのだろう。しかしその詳細な状況は文字のない時代ゆえ歴史記録はなく、考古学的な調査以上のもので知ることはできない。著者はそうした先史時代の日本列島の様相を可能な限り視覚化し再現したいと考えているようである。その一端が北西海岸先住民の生活を知ることにあるようだ。
 本書はアメリカ大陸北西海岸の先住民の人々の社会や文化の様相を克明に表したものである。今から2万年以上前の氷河期にベーリング海は地峡であった。そこをユーラシア大陸からアメリカ大陸に古モンゴロイドの人々は渡り南北アメリカ大陸に広がって行った。アメリカ北西海岸でも紀元前3000年頃には人々が定着し先住民文化が広がっていた。北西海岸は豊富な魚介類、海獣はいるものの、フィヨルドが山を刻み深い渓谷を作り厳しい自然が広がっている。自然は厳しく土地も険しい。そこを敢えて拠点とした先住民たちは過酷な自然の中で自らの文化と社会を深化させていった。人間の営みの強靭さを感じさせる。アメリカ大陸では大きな文明を築いた先住民の他にも大小様々な先住民が地域の自然と適応した暮らしを繰り広げてきた。しかし、その歴史はほとんど記録に残っていない。多くの狩猟採集をしている先住民の文化は文字をもたず実証的な歴史を残していない。しかし、口承伝承によって神話、伝説などの一族の叡智が伝えられている。古い先住民の社会を知るには17世紀以降の欧州人が残した記録が当時を知る貴重な史料となり、本書でもそうした記録が参照されている。
 さて本書は、3章構成で成り立っている。第1章は北西海岸先住民の一つハイダ族の社会に視点を当て彼らの生活した自然環境や生活、社会のあり方を説明している。アメリカ大陸の北西海岸部、アラスカ州南部からカリフォルニア州の最北端までの地域にはトリンギット、ハイダ、ツィムシアン クワキウトル、ベラクーラ、コーストセイリッシュ、ヌートカなどの先住民部族が島嶼部から海岸部にテリトリーを持ち生活している。その中で代表的な部族がハイダである。彼らの生活で顕著なものはトーテムポールを立てることであろう。レッドシダーなどの針葉樹を材料に幅1.5m、高さ15mほどの動物をモチーフとした彫刻を施した柱を立てる。家の柱として組み込まれたものもあれば単独で立てられるものもある。家族の属する紋章やワタリガラスやワシなどの祖先とする動物の伝説、ビーバーやカサゴ他の物語など祖先からの系譜や出自集団(リネージ)のアイデンティティの象徴とみなされるものが題材となる。ハイダ族は社会組織を維持していくために、また人生の誕生、思春期、結婚、他界などの各段階での暦でも祭宴やポトラッチといわれる儀礼的富の配分を行った。この際に彼らはこれらの神話、伝説や物語を儀式で演じたり語り継いでいった。近代化する以前の先住民の生活は形を変えながら古代から脈々と引き継がれてきたものだろう。先住民の生活や考え方のあり方からは彼らの世界観が看取できるが、これはわれわれのものとは全く異なる。しかしもしかすると、それはすでに失われてしまったわれられの祖先の持っていた世界観に通じるものであるのかもしれない。
 第2章は北西海岸部で行われていた先住民の漁撈について詳細な記録を記している。先史時代からの漁具(釣り針、簎、銛、離頭銛、網、簗、他)が博物館には展示されており、漁労民であった彼らの漁労の知識と技術の高さを知ることができる。欧州人の渡来後も漁具の素材は変わったが漁労方法は変化しなかったというのは興味深い。伝統的生業が確立していたためだろう。彼らにとってはクジラとサケとは特別な存在であった。クジラ漁は特別な漁であり身分の高いもの、呪術に優れたものが携わり漁前には儀式が行われ秘伝が伝えられていた。またサケ漁は数週間にわたり行われ、川で網や簗で漁を行った。サケ漁は村をあげ家族総出で行われた。燻製にされたサケは冬の保存食として欠かせないものであった。日本の先住民のアイヌもシャチやサケは神として扱っている。サケを迎える儀式は今も行われている。古く縄文時代においてもサケは保存食として欠くことのできないものであり、北海道や東北では毎年同様な儀式が行われていたのかもしれない。そう考えると狩猟採集を行っている先住民の生業とそれに伴う思考は類似したものを持っていたのではないだろうか。
 そして第3章では、当該地域の多くの先住民部族の木工彫刻や籠細工・織物などの手仕事についてその特徴を解説する。トーテムポールや儀式に使う仮面や楽器、そしてスピリチュアルな像はもとより、日常的な品々、細やかな籠細工や植物や動物の毛を素材とした織物などにも意匠巧みな造形美が見て取れる。立体を平面に押し込めたような平面技法が基本的な意匠となるが、デフォルメされた彫刻デザインには力強さの中に太古からの物語を感じることができる。トーテムポールの彫刻のあり様はまさに先住民の世界を象徴している。こうしたデザインが芸術家ではない、ごく普通の人々によって作り出されていた。代々伝わる形態のモチーフと技法を長年の生活の中で受け継ぎ修得した人々の手によるものである。神話の世界観と日常生活との一体化がこうした表象を作り出し先住民の独自の世界を生み出しているのである。
 著者がこれまで行ってきた北西海岸先住民についての研究やその書籍は、彼らの社会文化を丁寧に描き出している。そこから私たちは近代文明化する以前の先住民の生き方、社会のあり方から、先史時代の社会を復元するヒントを得ることができる。先に著者は弥生時代の研究者であることを述べたが、考古学研究の成果によって日本の先史時代の社会の見方は今ダイナミックな変化を迎え、新たな姿で先史時代を復元しようとしている。その時、先史時代と同じように採集狩猟を行って生きた北米北西海岸先住民の社会のあり方を参照することで、日本先史時代を復元するイメージをふくらますことができる。これまで静寂していた先史文化が活気ある人々の営みとして蘇ってくる。北西海岸先住民を見ているとわれわれが失ってしまった形のない先史時代の思惟すらも復元することができる気がしてくる。

カナダ 北西海岸民の生活像

著書:関 俊彦 著

発行元: 六一書房

出版日:2019/12

価格:¥2,530(税込)

目次

Archaeology Squareシリーズ第8冊
プロローグ
第一章 ハイダ族の社会
 一 はじめに
 二 生活域と自然環境
    生活域/自然環境
 三 物質文化
    居住形態/建造物/漁撈/食用植物と貝類/
    年間の活動サイクル/仕事/交易/技術/造形
 四 社会組織
    系譜/地位/儀式/人生の暦
 五 おわりに
第二章 先住民の漁撈
 一 はじめに
 二 釣り針
    オヒョウ用の釣り針/サケの流し釣り/
    サケ用のガフ釣り針(引っ掛け)
 三 簎・銛
    簎/銛/チョウザメ用の銛頭/アザラシ・アシカ漁/クジラ漁/
    ニシン用の懸鉤
 四 網・網漁
    網/ユーラコン漁の網
 五 𥱋・魞
    𥱋/魞
 六 貝の採取
 七 魚の調理と保存
 八 おわりに
第三章 先住民の造形
 一 はじめに
 二 平面手法
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/ベラ・ベラ族/
    ベラ・クーラ族/クワキウトル族/ヌートカ族/
    中央海岸セイリッシュ族/南海岸セイリッシュ族/コロンビア川下流域
 三 彫 刻
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/
    ハイスラ族、ベラ・ベラ族/ベラ・クーラ族/クワキウトル族/
    ヌートカ族/セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族/
    サウスウエスタンコースト・セイリッシュ族/ロワー・コロンビア地方
 四 籠細工
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/
    ノーザン・ワカシャン族、ベラ・クーラ族/ヌートカ族/
    ノーザン・セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族/
    サウスウエスタンコースト・セイリッシュ族/
    ロワー・コロンビア地方/オレゴン州沿岸
 五 織 物
    トリンギット族/ハイダ族/ツィムシアン族/ベラ・クーラ族/
    クワキウトル族/ヌートカ族/セントラルコースト・セイリッシュ族/
    サザンコースト・セイリッシュ族
 六 おわりに
エピローグ
索 引

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