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第69回 (2021,04,08)
黒沢 令子・江田 真毅 編著 『時間軸で探る日本の鳥 復元生態学の礎』

評者: 内山幸子 (東海大学国際文化学部教授)

書名 時間軸で探る日本の鳥 復元生態学の礎
著者 黒沢 令子・江田 真毅 編著
発行元 築地書館
出版日 2021/02
価格 2,860

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前書き 黒沢令子
1 骨や遺伝子から探る日本の鳥
第1章 化石が語る、かつての日本の鳥類相 太古のバードウォッチング(田中公教)
第2章 遺伝情報から俯瞰する日本産鳥類の歴史(青木大輔)
 コラム1 古人骨の遺伝解析から俯瞰する日本列島人のルーツ(青木大輔)
第3章 考古遺物から探る完新世の日本の鳥類(江田真毅)
 コラム2 古代美術の鳥(黒沢令子)
2 文化資料から探る日本の鳥
第4章 絵画資料からみる江戸時代の鳥類 堀田正敦『観文禽譜』を例にして(山本晶絵・許開軒)
 コラム3 江戸時代の食文化と鳥類(久井貴世)
第5章 文献史料から鳥類の歴史を調べる ツルの同定と分布の事例(久井貴世)
 コラム4 文献資料からみた鳥の名の初出時代(黒沢令子)
3 人と鳥類の共存に向けて
第6章 全国的な野外調査でみる日本の鳥類の今(植田睦之)
第7章 人類活動が鳥類に及ぼす間接的影響から今後の鳥類相を考える(佐藤重穂)
 コラム5 再生可能エネルギーの利用拡大に伴う問題(佐藤重穂)
後書き 江田真毅

 本書は、鳥類について精力的に研究を進めている、黒沢令子氏と江田真毅氏が編者としてタッグを組み、両名を含めた新進気鋭の研究者たち9名が、それぞれの専門分野に軸足を置いて、鳥類の分布や人による影響などについてまとめた、意欲的な著作である。
 本書の内容を簡潔に説明すると、編者の一人である黒沢氏が前書きで述べている通り、「日本列島の鳥類相の歴史を紐解くための道筋の一つ」を示したものであり、鳥類が出現して以降の鳥類相の変遷が、最新の研究成果も交えて、鳥類に馴染みのない者にも分かりやすくまとめられている。
 また、本書の特徴として特筆されるのは、執筆陣の専門分野の多様性であり、古生物学、分子生物学、生態学、鳥類学、考古動物学・動物考古学、系統地理学、歴史学、博物学などの各分野から、‘鳥類相’という一つのテーマにアプローチしている。このような分野横断的な取り組みは、必要性が叫ばれながらも実施例はいまだ少なく、他のテーマに対しても、積極的に指向されるべきものである。実際にこのような取り組みに触れた読者が獲得できる視野の広がりは、本書を一読していただければ、誰しも実感されるところであろう。
 本書は、時代順に大きく分けて3部で構成され、「骨や遺伝子から探る日本の鳥」と題された第1部では、地質時代から先史時代までの鳥類の出現から進化・淘汰の過程、さらには人による日本列島外からの種の移住・移入や分布の変化について、最新の研究成果も盛り込みながら報告されている。
 第1部第1章「化石が語る、かつての日本の鳥類相」(田中公教)は、中生代の前期白亜紀から新生代の第四紀更新世までという、1億4,500万年間の鳥類相を一気に辿る、壮大な旅である。これまでに発掘された化石資料にもとづき、まだ大陸の東端部であった現在の日本列島にあたる地域で鳥類が出現して以降、点と点ではあるものの、鳥類相のダイナミックな変遷が簡潔に示されている。すでに絶滅してしまった種も多いというが、過去にこの地にいた鳥類たちを思い描くだけで心躍る。著者が本分野の課題として挙げている、化石資料のさらなる発見と、脆く残りにくい鳥類化石を判別できる研究者の増加を期待したい。
 第1部第2章「遺伝情報から俯瞰する日本産鳥類の歴史」(青木大輔)は、現在の日本に分布する鳥類のルーツを、遺伝解析結果にもとづいて復元を試みた章である。最初に遺伝解析についての解説があるため、同分野に馴染みのない者にも読み進めやすい。鳥類の系統地理学的研究はまだ緒についたばかりということであるが、これまでの研究成果から日本の鳥類のルーツは複数あることが具体的に提示されている。次世代シークエンサーの導入などにより、今後、急速な進展が見込まれる分野であるため、近い将来、より詳細なルーツが描き出されることを待ちたい。
 第1部第3章「考古遺物から探る完新世の日本の鳥類」(江田真毅)では、遺跡から出土する鳥類のうち、種同定が可能なニワトリとアホウドリに焦点をあてている。このうち、ニワトリは遅くとも弥生時代中期までに日本列島に移入されたことが、著者らによる比較骨学的分析から明らかであり、そのほとんどが雄のため、特徴的な鳴き声に価値が認められて移入されるに至ったとの推測も示されている。一方、アホウドリは、近年のDNA分析の結果、種を二分できる可能性が指摘されている。このような成果は、出土資料や現代の資料を広く検討したことで生み出されたものである。筆者も論じているように、比較骨学的方法による同定基準の作成は鳥類に限らず求められているが、評者を含めた多くの動物考古学者がその必要性を感じながらも、実際には膨大な出土資料の同定に追われ、後回しにしているのが現状である。このようなジレンマを解消するためには、動物遺体の同定技術の普及とともに、その一部なりともをAIで行う新たな試みも必要である。後者については、鳥類骨を対象とした検討がすでに始まっているため、その成果を期待していただきたい。
 続く第2部では、「文化資料から探る日本の鳥」と題して、江戸時代の文献資料に記録された鳥類の図譜や文字記録をもとに種同定が行われ、その上で、当時の分布の推測や現代との比較が試みられている。
 第2部第4章「絵画資料からみる江戸時代の鳥類」(山本晶絵・許開軒)では、江戸時代後期に著された堀田正敦の『観文禽譜』(図譜と解説文)について検討を加えている。図譜の一部は、5章の図とともに、カラー口絵として巻頭に掲載されているが、その緻密な筆さばきや色彩は見応えがある上、鳥類に対する当時の関心の高さもうかがわれる。このような図譜のなかには、直に観察していないものや原本の複写もあるため、これをもとに種同定する困難さは想像に難くない。本章では、筆者自身の同定結果は記されていないが、種同定を試みた先行研究2本をもとに、江戸時代の鳥類名称と現在の名称との一致率や、在来種の割合などが鳥類学の視点も交えて整理されている。さらに、『観文禽譜』に掲載された鳥類のなかに、絶滅種や絶滅危惧種(IA類、IB類、II類)が合わせて60種ほども見られることから、歴史資料が鳥類相の変遷の解明だけでなく、喫緊の課題である種の保全にも深く関与することが示されている点が印象深い。
 第2部第5章「文献史料から鳥類の歴史を調べる」(久井貴世)は、文献史料に見られる鳥類の記述を、人の歴史の解明のためでなく、鳥類学的視点から捉えた章である。前章と同じく江戸時代を対象としているが、『観文禽譜』にあったような図譜を欠く、文字記録が中心の史料をもとに種同定していく方法が紹介されている。具体的には、『本草綱目啓蒙』の「鶴」5種や「花頂鶴」、「丹鳥」について種同定する過程が示され、記述内容によって同定の難易度に幅があることが理解できる。合わせて、文献史料の記述をもとに、当時の分布の復元にも取り組まれている。筆者が『歴史鳥類学』と称した本章での研究手法は、『歴史哺乳類学』や『歴史魚類学』などとしても発展し得るが、このような分野が今後確立していくためには、多様な視野を備えた研究者が数多く輩出されることが不可欠である。後進への期待をここでも感じずにはいられない。
 最後の第3部は、「人と鳥類の共存に向けて」と題され、現代の科学的調査によって定量的に把握できる日本列島の鳥類相をもとに、過去から変化があった種については、その原因を探るとともに、将来の鳥類相の変化や人がなすべきことについても考察されている。
 第3部第6章「全国的な野外調査で見る日本の鳥類の今」(植田睦之)では、冒頭で、「全国鳥類繁殖分布調査」について解説されている。これは日本列島を2,300ものコースで網羅した大規模調査であり、アマチュア観察者の支えで成り立っている。ここで得られた定量的な結果をもとに、現在の優占種や前回・前々回調査からの分布や個体数の増減が認められた種が具体的に挙げられ、そこから推測し得る自然の変化について言及されている。鳥類を取り巻く自然環境のほとんどは、人の活動による直接的・間接的な影響を受けていることが実例から明らかで、責任の重さを感じずにはいられない。同調査は今後も継続される必要があるが、調査者の高齢化などにより、維持が困難な状況にあるという。ここでも、後進の育成とともに、GPSや無人カメラ、ICレコーダーといった新しい設備・技術の活用が急速に進むことを願いたい。
 第3部第7章「人類活動が鳥類に及ぼす間接的影響から今後の鳥類相を考える」(佐藤重穂)は、今後の鳥類保全をどのように行っていくべきか、実例を挙げながら、提言した章である。現在、一部の種で分布域の縮小や個体数の減少が生じているが、その背景には、外来生物(国内の地域間移動による国内外来種を含む)による影響や、全国的なシカの増加などによる生息環境の変化、ナラ枯れなど、複合的な要因があるという。ヤンバルクイナとライチョウの保護を目的とした、個体数や生息環境のモニタリングや増減管理の実例も紹介されている。著者が最後に強調しているように、人間活動によって影響を被る生物に対しては保存対策をとる責任がある。同じ著者が担当しているコラムでも、SDGs(持続可能な開発目標)を志向する現代社会の中で、調和のとれた保全活動が不可欠であることが述べられている。風力発電や太陽光発電などの事業との軋轢もあるため、そのかじ取りはかなり困難であるが、具体的な対策も例示されており、環境問題について広く考えさせる章である。 
 日本列島の鳥類相の歴史をさまざまな角度からあぶりだした本書であるが、後書きで編者の江田氏も記載している通り、実際に扱われている種は一部に限られるため、お目当ての種が出てこないなどで物足りなさを感じる読者もいるかもしれない。しかし、一冊で鳥類相の歴史をすべて網羅するのはもちろん不可能であり、前書きにあった「道筋の一つ」を示す目的は十分に果たされている。むしろ、これを足掛かりに、日本列島の鳥類相に関して今後どのような事象が新たに見出されていくのか、期待が膨らむ書といえよう。
 鳥類に深い関心をお持ちの方には、参考文献として、関連する論考が数多く掲載されている点も心強い。その一方で、専門用語や研究手法の分かりやすい解説もあり、これまで鳥類との関わりが少なかった方でも難なく読み進められる書にもなっている。鳥類を歴史の体現者として感じさせてくれる本書を、幅広い方々にぜひ手に取ってご覧いただきたい。
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