HOME書評リレー > 書評: 玉からみた古墳時代の開始と社会変革

第65回 (2020,08,31)
谷澤 亜里 著 『玉からみた古墳時代の開始と社会変革』

評者: 米田克彦 (岡山県古代吉備文化財センター)

書名 玉からみた古墳時代の開始と社会変革
著者 谷澤 亜里 著
発行元 同成社
出版日 2020/05
価格 13,200

小さな玉類から古墳時代開始の歴史像をダイナミックに描いた重厚な一冊

目次を表示>>


第I章 研究史と問題の所在
第1節 研究史
 第2節 問題の所在
第II章 資料と方法
 第1節 資料
 第2節 方法
 第3節 理論
第III章 各器種の流通動態
 第1節 ガラス小玉・管玉
 第2節 「碧玉」製管玉の広域的な分布の変遷
 第3節 各種勾玉
 第4節 その他の器種
 第5節 小結:各器種の広域流通動態と古墳時代の開始
第IV章 セット構成からみた玉類の流通動態
 第1節 玉類の副葬形態
 第2節 玉群の種類構成
第V章 地域社会における玉類副葬
 第1節 弥生時代後期前半〜中頃
 第2節 弥生時代後期後半〜終末期
 第3節 古墳時代前期前半
 第4節 古墳時代前期後半
 第5節 玉類の入手・保有・副葬の具体像
第VI章 玉類流通の具体像と古墳時代開始期の社会変革
 第1節 玉類の流通・消費様態の変遷
 第2節 玉類からみた集団関係の変化とその意義
終章 玉からみた古墳時代の開始と社会変革
附表 弥生時代後期〜古墳時代前期の玉類副葬集成
参考文献
あとがき

 本書は、谷澤亜里さんが九州大学に提出した博士学位論文をもとにした労作である。西日本の数ある墳墓から出土した夥しい数の玉類を緻密に分析することによって、その流通・消費を具体的に復元し、古墳時代の開始と社会変革について再考する。
 本書は第I〜VI章、終章の7つの章で構成されている。
 まず、本書は「第I章 研究史と問題の所在」において、焦点となる古墳時代の開始をめぐる議論、古墳時代前期における集団関係の関係、玉類研究の動向に関して、これまで数多くの研究者によって積み重ねられてきた研究史や論点を的確に整理しながら、現時点における理解や筆者が抱く課題について言及するところから始まる。
 近畿を「中心」とする広域的地域間関係の形成過程については、1950年代に提示された小林行雄(1955「古墳発生の歴史的意義」『史林』第38巻第1号 史学研究会)の伝世鏡論以降、多くの研究者様々な学説が論じられてきた。弥生時代後期から古墳時代前期にかけて各地域の集団関係や「威信財」の広域流通について読み解く考古資料として、これまで特に重視されてきたのが鉄器と銅鏡であった。しかし、こうした現状を踏まえながらも、筆者は広域的な中心−周辺関係の形成過程を再考する重要な手かがりとして、玉類があることを強調する。本書では、古墳時代の開始過程や古墳時代開始前後の社会像を再考するため、近畿中部を「中心」とした広域的地域間関係がどのように形成されたのか、そして集団関係や古墳時代の開始前後の社会にどのような変化が起きたのかということを課題とする。その具体的な検討課題として、玉類の広域的な流通動態、玉類の入手・保有・副葬などの流通・消費様態から地域間・集団間関係を具体的に明らかにすることを掲げて論を展開していく。
 「第II章 資料と方法」では論を進めるうえで、対象資料の範囲や方法論について言及されている。本書で対象とされたのは、西日本の弥生時代後期から古墳時代前期の墓から出土した玉類。墓の副葬品は一括で埋められたことが明確である資料が多いため、玉類のセットや共伴遺物の関係、副葬された時期を把握しやすいメリットがある。しかも、古墳時代の玉類は玉作遺跡の調査が進んでいることから、生産地がある程度確認できるうえ、その流通は日本列島のほぼ全域、一部は朝鮮半島にまでもたらされている。そういう意味では玉類は歴史資料としての有効性は高いと言えるだろう。なお、本書の巻末には弥生時代後期から古墳時代前期の玉類副葬集成が附表にあり、その数は529遺跡、1,101遺構、玉類116,670点に及ぶ。本書はその膨大な数の玉類を対象に検討されていることに加えて、可能な限り実見調査の結果に基づいていることにも敬意をはらいたい。
 本書の中核をなす玉類の流通様態に関する分析では、製作時に付与される属性、玉素材の材質、法量、数量の時間的推移、空間的分布の検討によって明らかにしていくという方法がとられている。ガラスや「碧玉」素材の分類は、肥塚隆保(1996「化学組成からみた古代ガラス−日本・韓国・中国のガラスに関して−」『古代文化』第48巻第8号 財団法人古代学協会など)や藁科哲男(1994『玉類の原材産地分析から考察する玉類の分布圏の研究』平成5年度科学研究費補助金(一般研究C)研究成果報告書など)らによる自然科学分析の成果をふまえたうえ、法量の検討では大賀克彦(2001「弥生時代における管玉の流通」『考古学雑誌』第86巻第4号 日本考古学会)による「単位資料」の概念を用いて、類似した属性の個体群の平均値での比較検討がなされている。そのうえで、玉類が副葬されるセット関係や墓地における階層性について、詳細に検討が加えられている。さらに、玉類を考古学的に検討したうえで、古墳時代の地域関係や集団関係について古代国家形成過程の位置付けを追究するため、Service,E.R.が主張する新進化主義における社会の一般進化の類型や、Friedman and Rowlandsがモデルを示した「威信財システム」の観点からも論を補強していく。また、全体にわたり、岩永省三(2003「古墳時代親族構造論と古代国家形成過程」『九州大学総合研究博物館研究報告』第1号など)や田中良之(1995『古墳時代親族構造の研究:人骨が語る古代社会』柏書房など)による親族構造・人類学の研究や、溝口孝司(2000「墓地と埋葬行為の変遷−古墳時代の開始の社会背景の理解のために−」『古墳時代像を見なおす』青木書店など)による理論・社会考古学の研究成果を援用している点は、筆者が考古学を学び、研究を進めてきた環境や経験が大きく影響しているのだろう。
 「第III章 各器種の流通動態」では、ガラス小玉・管玉、「碧玉」製管玉、翡翠製勾玉、水晶製玉類、瑪瑙製玉類、翡翠製丸玉・棗玉について、広域的な分布や変遷、流通様態などが丹念に検討されており、本書の骨格をなすと言っても過言ではない。ガラスや「碧玉」製管玉は大賀克彦(2002「日本列島におけるガラス小玉の変遷」『小羽山古墳群』清水町教育委員会、2006「『碧玉』製管玉の生産と流通」『季刊考古学』第94号 雄山閣など)による体系的な分類を採用し、どのように分類単位が確認できるのかを資料に基づきながら検証されている。また、勾玉は素材、形態、「重厚さ」による分類、その他の玉類は素材や法量をもとにした分類によって検討されている。これらの各種玉類の検討は筆者の実見調査に基づくところが多いが、玉類がもつ様々な属性を巻頭のカラー写真、表、グラフ、分布図を駆使して視覚的に表現しており、読者にも理解しやすい工夫が随所に施されている点は本書の特色でもある。
 各玉類の分類や検討方法は先学を踏まえたものや新しく試みられたものまで品目によって様々である。このうち、ガラスや「碧玉」製管玉は大賀克彦(前掲)による素材や製作技法との関係性に着目した体系的な分類を取り上げ、どのように分類単位が確認できるのかを資料に基づきながら検証されている。また、勾玉については形態を重視して学史的な分類にアレンジを加えて検討しているほか、「伝世」の問題についても触れている。このほか、勾玉以外の水晶・瑪瑙・翡翠製玉類についても法量や分布が丁寧に整理されている。
 各種玉類の詳細な検討の結果、弥生時代後期前半から中頃は「碧玉」製管玉や翡翠製勾玉の出土が限られるなか、ガラス製玉類は北部九州や近畿北部に集中する傾向がみられるという。次に、弥生時代後期後半〜終末期はガラス製玉類が多様になり、半島系の「碧玉」製管玉がまとまって流入するほか、列島内で作られた「碧玉」製管玉や翡翠製勾玉などが墳丘墓の築造動向と連動するように瀬戸内海沿岸諸地域でもみられるようになり、それぞれの地域で玉類を舶載、他地域から入手、あるいは在地で生産するような複合的なあり方を示すことを説いた。そして、古墳時代前期前半になると、限られた種類のガラス製小玉のみが近畿中枢を窓口として舶載されていることや、石製玉類の生産と消費が停滞していることを追認した。前期後半には、限られた種類のガラス製小玉、半島系の「碧玉」製管玉、翡翠製勾玉が近畿中部を中心に分布していることから、様々な玉類の流通や列島内の玉生産に近畿中枢が関与するようになった可能性が示唆されている。こうした玉類の生産と流通の状況から、筆者は古墳時代の開始は弥生時代後期〜終末期にみられた玉類の複合的な流通関係が解消される大きな画期としつつ、玉類の流通からは近畿の優位性を弥生時代後期〜終末期に遡らせるのは難しいことを明らかにした。
 「第IV章 セット構成からみた玉類の流通動態」では、玉類が単体又は複数個を連ねた装飾品として流通したのかどうかについて検討している。そのために、埋葬の場における玉類の出土状況を丹念に調べており、様々な玉類の出土状況や時期ごとに被葬者身体と玉類との関係を示した図は表現力が豊かで、とても分かりやすい。玉類の使用方法は、被葬者の上半身への装飾は弥生時代後期から古墳時代前期に一貫して指向されるが、弥生時代後期後半から終末期には上半身周辺や玉類の散布や破砕するような副葬形態もみられるようになり、そして、古墳時代前期前半には頭部周辺への玉類配置が定着し、前期後半には下半身への玉類の配置が顕在化することを突き止めた。
 続けて、副葬された玉類について、主要な玉群の分類を行うことで、複雑な様相を示す玉類の組み合わせについても検討している。弥生時代後期前半〜中頃は広域に流通していたガラス小玉・管玉を中心とした組み合わせが北部九州、山陰、近畿北部で認められ、後期後半〜終末期は舶載されたガラス小玉・管玉、半島系管玉、列島製の北陸系管玉を中心とする多様なセットが西日本各地で認められることから、玉類は個別に流通し、各地域や墳墓で独自に副葬玉類が組み合わされた可能性がある。そして、古墳時代前期前半になると、ガラス小玉を中心とする玉群、翡翠製勾玉と複数の半島系管玉で構成される玉群が顕在化することに加え、三角縁神獣鏡などの共伴関係から、近畿中枢で玉群が構成されて各地に流通した可能性があり、玉類の流通のなかで画期があることを示唆した。続く前期後半には、舶載のガラス小玉、半島系管玉、列島製の北陸・山陰系管玉、翡翠製勾玉、山陰系の碧玉・瑪瑙・水晶製勾玉が増加するなか、被葬者の上半身に翡翠製勾玉と半島系管玉のセットが副葬される事例が安定的に認められることを指摘し、これを「威信財」に準じる財として近畿中枢から各地に配布されたことを再確認した。
 「第V章 地域社会における玉類副葬」では、西日本各地における墳丘墓・古墳の築造動向と副葬された玉類の内容について、時期を追いながら、北部九州、山陰、山陽、四国、近畿北部・中部の地域ごとに検討し、地域社会における玉類の入手・保有・副葬の実態に迫っている。また、玉類の保有にあたっては、製作時期が副葬時期を遡る「伝世」の問題にも触れている。古墳時代前期には玉類の「伝世」が一部に見込まれる事例があり、玉類が副葬されるか、「伝世」されるかは個々の集団の事情によって選択されるものであるとした。
 検討の結果、弥生時代後期〜終末期には舶載された管玉や勾玉の大きさが優位な析出集団が入手している傾向が強いものの、身分表示に直結するとは言い難い状況であった。しかし、古墳時代前期には淡青色のガラス小玉、半島系管玉、翡翠製丁字頭勾玉が近畿中枢から地域の上位層に配布され、そのことが地域社会での他の集団との差異化を表示したとする。しかも、これらの玉類は三角縁神獣鏡をはじめとする銅鏡や腕輪形石製品の副葬状況と相関することから、これらの物財の入手機会が一連のものであったと理解した。特に古墳時代前期前半に特徴的な翡翠製丁字頭勾玉と半島系玉類で構成されるセットは、奈良盆地東南部の近畿中枢とその他の集団との差異化のために創出されたもので、このうち弥生時代中期に北部九州の集団のなかで成立した翡翠製丁字頭勾玉を近畿中枢の集団が後継したことを指摘するに至った。
 「第VI章 玉類流通の具体像と古墳時代開始期の社会変革」では、前章までの一連の検討をもとに、弥生時代後期から古墳時代前期の玉類の流通・消費の具体像を復元し、古墳時代の開始期に集団関係とその再生産の様態にどのような変化が生じたのかを考察している。
 弥生時代後期前半から中頃は、各地の社会的有力者が玉類の流通の主体となり、墓に玉類を副葬していた。後期〜終末期なると、各地域で列島外、あるいは列島内の遠隔地や近接地との交渉、在地的生産などによって玉類を複合的に入手し、各地で幅広い階層の墳丘墓に玉類を副葬することが顕著になることに加え、玉類の質と量にみる階層性が埋葬における他の階層性に相関することや、多様な玉類の価値観が広域的に共有されていないことに注目する。そして、古墳時代前期前半になると、ガラス小玉や半島系玉類などの舶載玉類は近畿中枢が限定的に入手して各地に流通させる点で大きな画期を見出しており、その入手の背景には魏への遣使による可能性が高いことを想定する。続いて、前期後半に各地域の上位層の古墳に共通して副葬された翡翠製勾玉+半島系玉類のセットは、近畿中枢から入手した可能性が高いうえ、被葬者の上半身に副葬されたのに対し、新出の山陰系の碧玉・瑪瑙・水晶製の玉類や北陸系の管玉は下位層の古墳において被葬者の頭部から離れたところに配置される事例が多く見られることから、玉類によって階層性や使い分けを表示していることを明らかにした。
 玉類の流通においては、弥生時代後期から終末期に近畿中部の集団の優位性を認めることができず、古墳時代初頭になって近畿中枢を中心とした「威信財システム」に組み込まれることが最大の画期であることを筆者は主張する。古墳時代開始期には、列島外からの玉類の入手を近畿中枢がほぼ独占するほか、列島内の遠隔地からの玉類の入手は近畿中枢との関係の上に成立するようになる。つまり、玉類は近畿中枢を中心とした政治的関係において入手し、古墳への埋葬儀礼で副葬することが政治秩序において重要視されるようになり、地域社会においても優位な地位を次世代に継承するためにも重要だったのである。このことは地域における前方後円墳の築造や三角縁神獣鏡などの鏡の入手方法と連動していることからも補強されよう。辻田淳一郎(2007『鏡と初期ヤマト政権』すいれん舎)が描いたような「威信財システム」の成立を筆者は玉類の流通関係から具体的に再確認し、古墳時代開始期に広域的な集団関係が急激に変化したことを浮き彫りにした。
 古墳時代の開始期における集団関係の変化の要因については、これまで弥生時代後期〜終末期に近畿中部の集団が広域流通財の入手経路を掌握してきたことが重視されていた。しかし、筆者は鏡の流通と連動するように、玉類も弥生時代終末期に近畿中枢が入手を独占し、流通を制御していたとは言い難いとし、卑弥呼による魏への遣使がその要因であったことを重視する。この遣使により、卑弥呼を擁する集団は魏王朝との関係を表象する物財を安定的に入手することができ、これらの物財を列島の他の集団に配布することで優位性を維持する一方、他地域の析出集団は近畿中枢をセンターとする「威信財システム」へ参入することにより、物財を入手して地域社会での優位性を保つことができたことを強調する。また、古墳時代開始期に近畿中枢が広域的な集団関係のなかで優位性を維持するために威信財の入手や創出を行うなかで、その一端として玉類の継続的な舶載や列島における玉生産への関与が行われたと説いた。
 本書で議論されていた玉類の流通や副葬様態の検討によって、古墳時代前期は近畿中枢との関係をめぐって各地の上位層が競争的な関係にあるが、威信財システムが長期的に維持することは困難で、システム時代は不安定なものであったことを明らかにし、古墳時代の開始期の状況は強固な中央集権的な支配体制にあるのではなく、近畿中枢から古墳の副葬品の授受を介した表層的な中心−周辺の関係にあったことと結論づけ、「終章 玉からみた古墳時代の開始と社会変革」で総括した。
 以上が本書の論旨である。玉類は旧石器時代から奈良・平安時代まで日本列島各地で見られるだけでなく、世界各地に普遍的に共通してみられる。なかでも、日本列島では墳墓への副葬品だけでなく、集落や祭祀遺跡などの社会のあらゆる空間で役割を変えながら幅広く使用されている。そのため、歴史を読み解く資料として、玉類はあらゆる考古資料のなかでも有効な情報を多分に秘めていると言えよう。
 本書を拝読して率直に感じたことは、本書が玉類の考古学的検討の先に弥生・古墳時代の社会構造の解明が強く意識されていること、筆者のこれまでの一連の研究が戦略的に進められてきたこと、玉類がもつ属性や情報を存分に引き出そうと試みられていること、そしてその研究成果を一冊にまとめることで豊かな歴史像が浮かびあがることである。その根拠となる玉類の検討は、筆者が相当の時間を費やしてきた実見調査に基づいた入念な観察と所見、その分析が裏付けとなっていることは言うまでもない。そのうえ、弥生時代や古墳時代、国内外の理論に関わる幅広い先学の研究成果を援用、検証しながら実証的かつ論理的に論を展開しており、考古学研究の醍醐味を堪能できる意欲的な一冊と言える。そういう意味では専門に関わらず幅広い方に本書をおすすめしたいし、本書をきっかけに考古学や玉類に興味をもつ方が増えることを確信している。
 本書は古墳時代開始期の西日本の墳墓を対象にしたものであるが、時代や空間に幅を広げるだけでなく、列島全体や東アジアにも視野を広げながら、筆者が今後も玉類から古代社会の実像について追究されることに期待したい。
閉じる×

共用PCで自動ログイン機能は
使わないでください

職場、学校、ご家族でご利用など
共用でご利用のパソコンでこの機能をお使いになりますと
他の方があなたの情報でログインしてしまう可能性があり

可能性がございます。

自動ログインの解除は会員ログアウトを押していただきますと
次回アクセス時から自動でログインされなくなります

閉じる×

図書の入荷をメールにてお知らせいたします。

お知らせを送信するメールアドレスを入力し登録ボタンをクリックしてください。