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聖書vs.世界史 : キリスト教的歴史観とは何か
「普遍史」(キリスト教的歴史観)の成立と衰退を概観することができる。ヨーロッパの人々がキリスト教的世界観と現実の知識をなんとかすり合わせようとした努力の過程は、現代からみるととても興味深い。投稿者名未設定
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古代オリエントの歴史
ヘレニズム時代までの古代オリエント史。教科書のように簡潔にまとめられていて読みやすい。投稿者名未設定
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弥生の布を織る 機織りの考古学
弥生時代以降の糸作りや布生産について、網羅的に把握できる良書です。実際に出土した遺物の検討の他、民俗事例や実験に基づいて、その生産過程について復元がされており、遺物のみではなかなか掴みにくい紡織技術についてわかりやすく説明されています。織り方の種類、糸の素材、道具など基礎知識も得ることができ、絶版で入手が難しい書籍ですが、手元に置いておきたい書籍です。やよいちゃん さん
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埼玉の弥生時代
第1部では各項目ごとに研究史がまとめられ、当時の現状や課題などの共通認識が整理されていて、とても勉強になりました。論考編は埼玉県域を中心とした分析ではありますが、北関東や南関東、中部高地、他地域との広域的な関係性を考えられるものが多く、東日本の弥生時代社会の動態を検討する上でもとても興味深い1冊です。巻末の参考文献一覧、報告書を探す際に大変役に立ちました。ありがとうございました。やよいちゃん さん
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古代エジプトを学ぶ 通史と10のテーマから
日本語のエジプト通史にはこれといったものがほとんどなく、結局のところ、Ian Shawなどの英文書籍に頼らざるを得ないのが現状だが、日本でエジプト学を学びたい者にとって、いきなりそうした書籍に手を付けるのは非常にハードルが高い。1つの時代に特化したものならたくさんあるが、それではエジプトの長い歴史を俯瞰するのは厳しく、断片的な知識だけでわかったつもりになることしかできず、また、大学でエジプト学を専攻したいと考えている学生にとってもこれは由々しき問題であり、このままでは門戸を狭めていく一方である。その点本書は、新石器時代からプトレマイオス朝のエジプトまで広く扱っており、地図や写真も豊富なため、これからエジプトを学ぼうと考えている方にとって、入門書ともいえる1冊となっている。それだけでなく、各章の末尾や図版出典一覧には、古いものから最近のものまで様々な論文や報告書などが示されており、エジプト学を学び始めた学生にも重要な書籍であると言える。マトリョーシカ さん
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ハラホト出土モンゴル文書の研究
ハラホト出土モンゴル文書が、日本語訳とともに紹介されていて、研究上役に立つ。投稿者名未設定
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磨斧作針 橋本博文先生退職記念論集
古墳時代を中心に気鋭の研究者による論考多数。個人的には下記の論文が面白かった。 滝沢規朗 新潟県における弥生時代〜古墳時代の掘立柱建物 相田泰臣 古墳時代の「頸部有孔突起付甑」について 前原 豊 群馬県前二子古墳の出土遺物をめぐって ─明治と平成の調査から─ 風間栄一 長野県大室古墳群大室谷支群225号墳出土の鉄鏃 ─合掌形石室における追葬の検討─ 田中祐樹 北陸における古墳時代馬具の受容と展開に関する問題提起 小黒智久 大型古墳被葬者の埋葬時期と政治/経済的活動時期投稿者名未設定
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星州李氏文烈公派世譜 全12巻 (古書)
星州李氏文烈公派世譜 全12巻 (古書)
我が家の家系図(族譜)です。一世から数えて私は25世にあたります。少々値が張りますが、手元に置いておきたい一品です。イ マンヒ さん
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考古学雑誌 第101巻第1号
論説 相原淳一「多賀城と貞観津波」(pp.1-53) 1.はじめに 2.宮城県多賀城市周辺における東日本大震災津波浸水域 (1)東日本大震災における宮城県多賀城市被災の概要 (2)浸水域の調査 (3)小結 3.多賀城周辺の津波伝承 (1) 史料における貞観津波 (2)多賀城市砂押川流域における大津波伝承 (3)小結 4.多賀城城下とその周辺におけるイベント堆積物 (1) 南北大路 (2)西4道路路面上とB西側溝の上 (3)国司館の埋没した遣り水遺構‐SK2298B大土壙、SD10061B連結溝上面の窪み (4)SX1350西1道路路面上の窪み (5)SX1350西1道路跡A東側溝 (6)SX 10211湿地帯とSF3700B水田跡に残る洗堀痕跡 (7)低湿地 ボーリング調査地点A (8)小結 5.砂押川流域の古環境に関する諸問題 (1)否定された“潟の世界” (2)旧海岸線微関する問題 (3)生息珪藻・水生生物等の分布状況 6.宮城県内他地域との比較検討 (1)気仙沼市大谷海岸・沼尻遺跡 (2)石巻平野 (3)仙台平野南部 (4)小結 7.貞観津波の社会的影響に関する一考察 8.おわりにArchae さん
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阿武山古墳調査写真集 昭和9年の記憶
被葬者が藤原鎌足とされる古墳の記録で、圧巻は1200年前の生々しい遺骸の写真の数々です。 戦前の調査で世論の批判や不敬罪に絡んだ憲兵隊からの圧力で十分な調査がされないまま早々に埋め戻されたとの事、世が世ならば詳細な調査がなされ数々の新たな知見が得られた事でしょうに残念でなりません、今、地下に眠る鎌足の遺骸はどうなっているのでしょうか?投稿者名未設定
